第241話

どっちつかずなままホテルへと向かった私たち。



ロビーには沢山のスーツ姿の人がいて、昼間見た看板の、シンポジウムの宴会が終わったのだと理解した。



商社みたいな聞いたこともない大学名だったし、何も気に留めていなかったのに。



「おやじばっか。春風をじろじろ見やがる」


「六神こそ、おば様キラーじゃん」


「俺たち気が合うね」


「今後“気が合う”の定義を模索していこうね」



ビール二杯しか呑んでいない六神が嬉しそうに笑って。客室専用のエレベーターを待っている時だった。




「君、六神君じゃないか?」



掠れた男性の声が聞こえて。



手をつないだまま、後ろを振り返る。



え、嘘。



「……佐渡…教授?」


「……ッ」



六神が、ぽつりと呟いて。


うそ


なんで――――――……



頭の中が真っ白になって、すぐに砂嵐を境目に切り替わる。



大学の法学部棟


研究室


広いデスク


細いフレームの眼鏡


ごつごつとした指


先生のことも、自分のことも疑わなかった恋情


盗撮された私を、潔癖の囲いに入れ込んで切り離される瞬間



六神としっかり繋いでいるはずの手が、ふるえる。この振動が、六神に伝わってしまったら。



怖くなって、六神から手を放そうとしたのに。すぐに握り直すように六神につかまれた。固く、振動を抑え込むように。



その六神の素振りに、違和感をおぼえる。



なんで。今になって。さっき六神が私に大学で付き合った人のことを問い詰めなかったのか、なんて。不意の疑問が頭に浮かぶ。



それらの言動にしるされた、六神の射殺すような眼差しが、一直線に佐渡先生へと注がれる。



「…しあわせそうで、何よりだよ六神君。」


「………」



先生が私たちの繋いだ手を見て。そしてまた、すぐに六神に視線を戻す。まるで私には気づいていないかのように、六神しか見ていない。



「見ての通り、僕は別の大学に引き抜かれてね。まだ新しく新設されたばかりの法学部なんだけど」



勝手に言葉を並べる先生は、明らかに前よりも瘦せ細っていて、肉のない顔にはめ込まれた瞳孔は開ききっている。”しあわせそう”だと言うその顔は、さながら狂気じみた笑顔だ。

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