第201話

東京本部に近い、観光用の港エリアに私は来ていた。



今私の腕には、水絵さんから渡された腕時計がつけられている。




「実来!遅くなった!」


「先輩、お疲れ様です。おつかれのところすみません。」



柵で隔てた海を前に、先輩が私の元に駆け寄ってくれる。



食事に誘うわけでもなく、ただ人の少ない場所に誘って話をするだなんて、勘のいい先輩なら気付いていることだろう。



「……で?話って、なに。」



柵の前に立つライトグレーのシャツ姿は、今さっき仕事を終えたばかりとは思えないほどシワもなく綺麗な状態だ。



今、初めて感じたかもしれない。この人、こんなにも綺麗な人だったんだなと。



新人の頃は、緊張と厳しさのあまりそう思う余裕すらなかった。周りからはスパダリだと言われていても、先輩に近い存在だった私は彼の本質みたいなものばかりに目を向けていた。




「僕と結婚する気になった?」

 

「へっ?」


「僕にプロポーズしに来たんでしょ?」


  

今日もいじわるなことを言う先輩の顔は、笑顔でも夜に近い空色のせいか、少し寂しげに見えた。



「先輩、わたし、」


「ん?」

 

「すみません!」



ほどよく波が立つ中、私は頭を思い切り下げた。



「私やっぱり、六神のことが好きなんです!」

  


拳の中が汗ばむ中、ゆっくりと顔を上げれば、波風になびく髪が先輩の表情を翳らせた。



「………うん。」


「だから、先輩とはお付き合いできません!ごめんなさい……」


「そっ、かあ。」



笑顔を見せる先輩が、どこか脱力したように肩でため息を吐く。膨らむ喉元が大きく動いて、私に近寄った。

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