第202話

「……六神君のことが好きなのは知ってたけど。ああ、実際に口にされるとこうもキツイかー」

 

「せんぱ、」


「みらい」



先輩が私を抱きしめる。



細身な身体がもたらす途方もない包容力は、いつだって私を助けてくれた。



「春風……」


 

微かな吐息を乗せた私を呼ぶ声。弱々しいほどのそれを耳元で囁かれて、どうしようもなく泣きたくなった。



「せんぱい…ごめんなさ……」 



どんなに厳しいことを言われても泣かなかったのに、彼の優しさに絆されて、あっという間に泣かされた私。



今だって馬鹿みたいに泣いている。



「春風。はるか――――……」


 

いつも好き勝手に言葉を並べる先輩が、何度も私の名前を呼んだ。もう二度とこの名前を呼べないのかと、惜しむように。



私はいつだってそれには返せなかった。“青司さん”と、名前を呼んで返すことが。




「春風、ちょっと痩せた?」


「え。そ、そうですか…?」


「なんか前よりおっぱいの当たりが弱いかなって。」 


「……先輩って、ほんとぶれませんよね。」


「春風もね。」



私を離した先輩の口角が、色っぽい狡猾さを見せる。

 


「ほんとぶれなくて、嫌んなる。」


「……え」


「僕に染まらない春風のこと。」 



私の髪を手ですくようにしてから、濡れた頬に添えた。



「覚えておいて、春風を3回も泣かせたのは僕だってこと。」


「先輩、2回目は私、味八フーズの堀田さんに泣かされたんですけどね。」


「なら堀田さんは僕のブラックリストに追加しとくよ。」


「いい人なんだからやめてください。」


 

そんなどうしようもないやり取りの中、乾いた風が吹く。

  




「愛してるよ。」


 

風で乾いた唇に、余韻を残すようなキスをされて。



 

私は先輩から卒業した――――……

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