第195話

研修が一通り終わり、国際営業部一課初出勤の日。挨拶が終わり、先輩から簡単なルーティンを教わって、先輩がトイレに立った時だった。



「その涙ぶくろひとつください。」



春風に話かけられて、よく自分の平常心が保てていられたなと思う。



「涙ぶくろひとつって。片方一重、片方二重よりもいやなんだけど。」


「じゃあふたつください。」


「安くはできないよおねーさん。」


「セットでお得な涙ぶくろよりも、リッチで高性能な涙ぶくろが欲しーのあたし。」


「残念。俺のは低燃費高性能だからコスパがいいんだわ。」


「残念。」


「…その代わりといっちゃなんだけど、俺という友達はなかなかにリッチで高性能だけど。」


「あら素敵。買いだわ。ところでコスパいい友達ってなんだろうね?」


「さあ?」


 

ずっと会いたいと思っていた春風と難なく話すことができて、その安定した関係がまた居心地よくて。しばらくは友達としての関係を堪能しようかと思った。



ただそれをいつ壊されるのかと気が気でないのも確かで。その時はまだ三課に朋政課長がいて、ことあるごとに春風に絡んでいた。



春風も当たりの強い課長に物怖じすることもなく。俺の知らない二人の距離感は、俺の知らないところでどんどん縮まっていた。






「六神君、どう?一課の仕事は慣れた?」



昼を食べ終わって、フロアの休憩スペースでコーヒーを飲んでいる時だった。



「…営業はなかなか厳しいですね。」


「営業は押して引いての加減が大事だしね。見極めが難しいよね。」



綺麗な見た目とは裏腹に、厳しい鬼と噂されている朋政課長。でもその時は俺が新人だったからか、鬼とは思えなかった。



「朋政さんも前は一課にいたんですよね?」 

  

「ああ、うん。実来と福間の教育担当でね。たまたま教えられる事務員がいなくてさ。」


「へえ。営業も好成績で事務も教えられるなんて。凄いですね。」


「でしょ?僕って凄いんだわ。」


「…………。」



笑うところだったのかもしれないが、面白くないから無反応で返した。

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