第189話

非常階段の二階から、さっき上へと昇っていった眼鏡の男がスマホを片手に早足で降りてきた。



忘れ物でも取りにいったのかと見ていれば、今度は非常階段から誰かの叫び声が聞こえてくる。




「ちかんよッ!そいつをつかまえて!!」 



女二人組が慌てて降りてきて。逃げようとする眼鏡の男に向かって、俺は咄嗟にまだ開けていなかった缶コーヒーを投げつけた。



「待てッ」



見事そいつの頭にクリーンヒットし、俺は取り押さえることに成功した。



その眼鏡の男はトイレ盗撮の常習犯で、外部からの人間だということが後日判明した。



学生課からは感謝状が送られ、それには春風からのお礼の手紙も添えられていた。



わざわざ手紙を書いてくるなんてマメなやつだな、と末尾に書かれた名前を見れば、自分がスマホに収めた女の名前なんだから驚いた。



それから俺はさらに、春風に恋心を抱いた。と同時に、佐渡への嫌悪をつのらせた。



なぜ泣かせたのかは知らないが、金銭を押しつけるように渡している現場を見れば、当然普通の恋人の別れ方じゃない。






それから後期が始まり、何度か研究室のあるフロアに足を運べば、また違う女生徒が佐渡の研究室に出入りしているのだから、俺は佐渡に嫌悪から憎悪をつのらせるようになった。



だから俺は、佐渡を陥れるために農政局を受けることにした。



内定が貰える確証なんてない。パイプがあるといっても、最終選考までいかない限り有利に働くものでもないだろう。現に内定を貰えた生徒がいたのはもう4年も前の話だ。



それでももし俺が入社できたら、一年で辞めて、佐渡の評判を一気に落とし、パイプごと切ってやろうと考えていた。



どこの企業だって、部下が辞めるのは上司の責任だ。部下がたった一年で辞職すれば上司の評価は当然下がる。その部下が元佐渡ゼミの生徒なのだから、当然佐渡の評価も落ちる。農政局の局長と佐渡との間にあるパイプも弱まるはずだ。

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