第187話
法学部は他の学部から棟が離れていて、春風はまた入口から遠い法学部のある方へと戻っていく。きっと目的なんてなかったんだと思う。
法学部まで行く途中、森のような広場にはカフェがある。夏休みのため当然営業はしていなく、気付けば春風がカフェの裏手にあるベンチに座っていた。
あんなに嫌悪感しか抱かなかった女の後をつけるなんて、ただネタだけを求めていたわけじゃないのだろう。その嫌いな女が弱っている姿を確かめたかったのかもしれない。
自分は暑さで汗を掻いているのに、ベンチに座る彼女の青白い顔と佇まいは暑さとは程遠いものに思えた。
このまま見ているのは悪趣味だと感じ、帰ろうとした時だった。
すすり泣く声が聞こえてくる。
振り返り春風の方を見れば、両手で顔を覆い、泣いていた。
最初は微かなすすり泣きだったが、徐々にしゃくり上げるような泣き声へと変わっていく。
目が離せなかった。うしろ髪を引かれるような彼女の泣き声が、耳が記録するかのように耳に残されていく。
いつも周りに明るい表情しか見せない彼女が、今は俺だけに泣き顔を見せている。俺と彼女だけのこの空間で。
抑揚のない言い知れぬ感情が、沸々と音を立て始める。
ギャップに愛しさを感じ始めて、並行して湧いてくる独占欲。俺だけが知る彼女の裏側。
悪女なんかじゃなく、一人の弱い女の姿をただ俺だけのものにしたいだなんて。自嘲癖のある狂った男のような感情を抱いてしまった。
自分の手が勝手にスマホをかまえていて、拡大までしてその泣き顔を画面に収めた。
かわいい かわいそう 美しい かわいそう 俺だけが見ている 俺だけのかわいそうな彼女
正直、その時の俺に彼女を慰めようだなんて頭はなく、ただ聖域のような春風の姿に見惚れるばかりだった。
しばらく泣き続けた彼女は、入口の学生課や教務課のある棟へと歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます