第154話

「……じゃあ聞くけど」


「うん、」


「男が女のために転職しちゃだめなんですかー。」


「……え?」


「男が好きな女がいる会社に転職して、なにが悪いんですかーー。」


「…………」



……だって、じゃあ、なんのための公務員志望だったの?



というか、それって、……わたしのこと?



「農政局は、まあ俺、成績優秀者だったし?ゼミの教授に薦められて。もし受かればうちの大学の知名度に貢献できるからとか言われて」 


「もしかして、ゼミって、」


「……佐渡さわたりゼミ」


「……ああ。」



思い出したくもない名前が出てきて、六神に悟られないよう視線を外す。



佐渡ゼミというのは成績がオールAに加え、何かしら資格なり功績がないと入れないエリートゼミだった。佐渡教授が公務員にコネクションがあるそうで、ゼミに入りたい生徒もそれなりに多かったはず。



自分の瞳が今にも潤んでしまいそうなのを、どう隠せばいいのか。でも六神が私の頬をつねって助けてくれるから、無理に笑うことができた。



「最初は農政局に内定もらって、周りに散々もてはやされて、俺も浮かれてたんだけど。」


「……うん」


「仕事で、たまたまお前と電話で話す機会があってさ」


「…………うそ、」


「ほんと。ほら、全然覚えてない。」


「え、ええー」


「いつもそう。お前は俺が覚えててほしいこと一つも覚えてない。」 


「…………さーせん。」



どうやら私たちは、輸出証明のことで一度だけ連絡を取っていたらしい。六神は代理申請者である私のフルネームを申請データで見て、央海倉庫で働いていることを知ったのだとか。



「って、じゃあ六神は。え?大学の頃から私のこと知ってたってこと?!」


「ほらね、いつも俺だけが俺だけが」


「あーーー……きこえなーい。」


「…あと…あんま、ぶり返すのもよくないと思うんだけど。」


「……何?」


「春風、大学ん時さ、…トイレで、盗撮されたことあったよね。」


「…ああ、あったね。」

 


大学という世界は広いもので、一時期盗撮事件が相次いだことがあった。私もその被害者の一人で、女子トイレの個室を狙って、頭上から撮られるなんてことがあったのを覚えている。

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