第120話

六神が……?国家のお膝元で?



70倍もの倍率で公務員試験を勝ち抜けたのに?



辞めた――――?




私は絶句なんかよりも、ずっと酷い顔で驚いてしまったらしく、職員さんに、「なんか目が死、据わってるけど大丈夫?」と聞かれてしまった。



ただでさえうちの会社の中途採用で、50倍もの倍率で入社しているというのに。それ以上の狭き門をくぐっておきながら、なぜ辞めてしまったの?


 


農政局からの帰り道、さっきまでとは裏腹に、急に黙り込む先輩がそこにいた。



一方の私は六神の事実に凝縮して驚愕しすぎたのか、早くも心臓が、「あ、そうだったんだ。」ほどのペースに落ちてきていた。




「……びっくりしましたね。まさかあいつの前職が農政局だったなんて。」 


「……だね。」


「なんで辞めたのかな。あ、若くて可愛い女の子がいなかったからかな。」

 

「てかさ、」


 

先輩がハンドルを切るタイミングで、一旦言葉を呑んだ。



「付き合ってたのに、なんで実来は六神君の前職知らないの?」 


「え、」


「付き合っていなかったとしてもだよ?タメなんだしそういう話くらいはするでしょ。」

 

「……そりゃ私だって何度か聞いたことはありましたよ?でもあいつはフリーター兼Vチューバーっていつも言ってたし。」


「馬鹿なの?」


「馬鹿ですよ、あいつ。」


「そうじゃなくてさ」 



はあ、と信号待ちをしながら大きくため息を吐く先輩。横目で私を見る目は、なぜか尖っている。

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