第111話
「先輩聞きましたよ!ブルーだかグリーンだかの水素を輸入する案件取ってきたって話!いやあさすが先輩!スパダリだのユニコーンだの言われてるだけのことはありますねっ!」
「グリーン水素ね。あとスパダリってなに?」
今日私も一緒に証明書を取りに行く話を、全く聞いていなかったことをカバーするかのように朋政先輩を褒め称えた。
今は先輩の自家用車で、農政局に向かっている途中だ。
先輩の色白の手が黒いレザーカバーのついたシフトレバーを握り、ギアを一旦ブレーキに切り替える。
「す、すーぱーだーりん?」
「へえ。じゃあ実来はあれだ。」
「はい?」
「スーパーハニー。」
「な、なんですかそれ…」
信号待ちでパーキングにギアを入れた先輩が、助手席に座る私を見て意味深に微笑みかける。
「実来、手、ちょーだい」
「え?手?」
「馬鹿、右だよ 笑」
何も考えず左手を出した馬鹿が、言われて右手を出せば。そのままシフトレバーを握らされて、その上から朋政先輩の手で包み込まれる。
「っあ、。」
躊躇いもなくこういうことをやってしまう先輩。恥ずかしすぎて思わず俯いてしまう。誰か今すぐ共感性羞恥で共有してくれないだろうか。
長くて細い指にも関わらず、その大きな手から伝わる大人の余裕は、私におびただしいほどの熱をもたらす。先輩の前では車内の空調も無意味らしい。
「……申請者本人が行った方がスムーズだなんて、ただの口実だよ。」
先輩の和らいだ声が、私の胸の内で反芻する。
「なかなか会えないから、今日は特別半休ってことで。」
先輩が横目だけで私に微笑みかけて、私はまだ緊張が解けずに左手を固く結んでいた。
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