第75話

「っ、」


『…実来?きーてる?』



床に敷かれたブルーグレーのタイルカーペットを踏みしめる黒髪の男が。



私の背中へと一歩ずつ近付いてくる。



窓ガラスに映るその風貌だけで、私に威圧感を与えるように。



今の今まで先輩の声音に聞き惚れていたはずなのに。



今日ずっと会いたかったあんたは、やっぱり私にとって特別な男なのだと思い知らされる。




あ、でも超目つき悪い。



多分あれ、めっちゃ怒ってるやつ。



 

『――――で、だからその時に一緒に、』


「……っえ、あ、すいません!もっかい言ってもらえますか!」



右耳から流れていた先輩の声を聞き逃し、慌てて聞き返した。



本当に、その数瞬くらい窓から目を離しただけ。 



 

「怒ってる?」


 

左耳から、別の見知った声。



近すぎる声色に、ふと目をやれば、間近に迫る六神の顔。


 

『え?なに?』


「あ、えっ、」


『誰か、いるの?』


「い、いえっ、いませんっ」

 



「なあ、怒ってる?実来。」



窓に映る威圧感からは想像できなかったほどの甘い声が、私の左の鼓膜すれすれをかすめる。



六神の近すぎる唇に、自分の身体がこわばるってこういうことかと実感して。心臓が停止しているのかと思うくらいの緊張感で。 



右からは朋政先輩の穏やかな声が、左からは六神の甘い声が聞こえるも。残念ながら私の両耳は、両方を聞き取れるほど優秀ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る