第60話

「塩?それはお前の方じゃない?」


「言いがかりはよして」


「彼氏いんのに朋政課長と二人で飯食いに行ったこと、俺が知らないとでも思ってんの?」


「あれはまゆゆも誘われてたんだよ!でもたまたまその日まゆゆが溶連菌になってさ、」


「だからって男と二人で?」


「先輩なんだから断われないし!まゆゆが行けないなら尚更私が行かないと!」


「そーいう理解不能な義務欲からくる自己満てやつ?ウぜーし。」


「てかそれより電話に出てやんな?着信音で耳鳴りするわ」


「はいはいそうさせて頂きますよ”上からぱるる様”」




六神が心底嫌そうなため息を、私に背を向け腹の底から吐くのが分かった。



玄関に向かう六神の背中を見ながら、私は馬鹿みたいに乱れた自分を整えて、気持ちを切り替えるための腕伸ばしをする。



感情の起伏が激しすぎて、高低差アレルギーが突発しそうだ。



でも感情なんてどれだけ入り乱れても、時間が経てば必ず元の位置に戻ることが分かっている私は、やっぱり六神の前で泣けはしなかった。



かわいくなくて、かわいそう。





「……はいはい、なんだよ夜中に。」



気だるそうな声でも、ちゃんとこんな夜中に着信を無視しない六神が嫌いで、この際大声でバーカ!と叫んで、彼女に浮気現場を叩きつけてやろうかとも思った。



でもこの件は私だって同罪になりかねない。



正直、朋政先輩には付き合ってほしいと言われただけで、私からはまだその返事をしていない。ただブランドものの腕時計をすんなり受け取ってしまった手前、きっと少数意見として反浮気ととられてしまうだろう。


 

私がすぐに返事を出来なかった理由なんて、ただ一つしかなかった。



私が、六神千都世を好きだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る