第61話

廊下の壁にもたれてしゃがみ込み、彼女と通話をする六神。



私は自分のかばんを取ると、玄関まで靴下の滑りを利用し、足音を立てないように行く。



「はあ?明日あさいちでうち来んの?せめてさ、昼にして。俺だって疲れてんだから。」


『じゃあ私が癒やしてあげる』


 

電波を通じて、甲高い女性の声が聞こえた。



しゃがむ六神が私を見上げて、眉間に皺を寄せ目で何かを合図する。 



ベッドに戻れと言われているのか、早く帰れと言われているのか。どちらにしろ六神にとって私は、セフレ以外の何者にもなれないのだ。



何が言いたいのか分からない六神の頭に、バシッとかばんを叩きつければ、「いって」と声を上げた。



『どうしたの?ちとくん?』 


「……壁に、あたまぶつけた。」


 

“ちとくん”って。まんま“チート野郎”って意味かよ。




泣かないと決めたダムが、決壊しかけている。



見た目のイメージよりもずっと可愛い声の彼女に、私は嫉妬なんてしない。“ちとくん”と平気で愛称で呼べてしまう彼女なんかには。絶対に。




一瞬、背中に指先が当たった気がした。



でも私はそれを無視して、玄関を飛び出した。

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