第22話 泥
ショッピングモールから避難した人の波の流れから、1人の少女が抜け出して、近くにあった花壇に備え付けのベンチに腰かける
そして、銀髪でフードを被ったその少女は空を見上げて、そのまま瞳を閉じる。しかし数分後、彼女は突然目を見開いた
「究極の芸術は1種の精神干渉…それを、初めて味わった気がします。まったく、あんなの見続けたら思考がダメになっちゃうよ…」
感情の膨張…いや暴走しかけちゃった。あれは、純粋な光の花畑…別に殺傷力なんて1つもないけど、戦意を削ぐという意味では最強の魔術ですね
もう、遠隔指示は不可能みたいだし、彼女の回収と彼の抹殺は一旦諦めることにしようかな。どちらにしろ、時間の問題になるだろうしね
「とりあえず、この場から離れましょうか」
少女は立ち上がり、再度、人の波に呑まれていった。フードを被り、一般人と同じ形相をしてその場を後にしようとした
そんな彼女を追う影も、また存在しているとは気づかずに…
◇◇◇◇
ラルラが『極楽万花』を展開すると、銀の怪物は一旦落ち着いて動かなくなったと思ったら、急に叫びだしてより理性を失いだした
怪物の怒号によって、花畑の花が一斉に宙へと散った。枚散る花弁を見て、その美しさに、俺とリソウとカゲリは目を奪われた…
そして、気づいた…「俺たちが目を奪われてたら意味なくね?」ということに
怪物がリソウに向かって突っ込む。何の変質もないただの突撃だったので、我が姉は軽い回し蹴りでカウンターを決めた
さっきまでの怪物は、本能的な回避で避けていたが、今の怪物にはそれがない。これは、動きの節々が単調で、知性の感じない獣の動きだった
やはり、さっきまでは何者かに少なからず操作されていたが、ラルラの『極楽万花』によって遠隔操作を諦めたのだろう
こうなれば、どれだけ相手が強かろうがリソウなら対処できる。おそらく、次の一手であの怪物は確保されるだろう
正直、リソウが対処してくれるなら相手のスペックはそこまで関係がない。変に勘がよかったり、本能的な回避をする相手には上手くいかないが、その要素がなくなれば終わったも同然だ
地獄のような灼熱も、人域を越えた身体能力も、伸縮性の高い水銀の肉体も、リソウにとっては攻略を考えるまでもない些細なこと
リソウの回し蹴りのカウンターで吹き飛ばされた水銀の怪物が立ち上がり、再度、考えなしにリソウへと突っ込む…終わりだ
「べちゃっとね!」
リソウがそう言うと、怪物の上に泥の塊が現れ、怪物を飲み込むように落下した
泥を浴びた怪物は、その重さに動くことができず、地獄のような灼熱も熱を完全に吸収され、あっという間に怪物は無力感された
「
リソウは仕上げとして泥を固めて、中に居るであろう怪物を完全に停止させた
我が姉リソウの十八番は『泥』だ
『泥』は、基礎魔術には含まれていないが、固有魔術理論みたいな個人でしか使えないユニーク魔術とも違う魔術…即ち『応用魔術』の1つだ
リソウは「
今回の場合、敵の動きを封じるための「
より細かく見ると、練り込まれているのは2種類の魔術だけではなく、より多くの基礎魔術が練り込まれていて、それら全てが、あの怪物を完封するための『泥』だった
相手の手札が分かれば、それらをまとめて泥で対処し、そのまま相手を拘束できる。能ある鷹は爪を隠す…そうでない相手なら簡単に拘束できる
リソウにとって、相手に手札を全て出させて、泥を当てられる状況であれば、相手を一撃で拘束できる。バイト先でもそれが重宝されているらしい
まあ、リソウのバイト先がどんな所かは、よく知らないが…公的な組織のバイトとは聞いている
大学では優秀な成績を残しており、公的なバイトもさせてもらえている…名前通り、理想的なキャリアを積み重ねている。それは、あるいに普通じゃない
我が姉「リソウ」もまた、俺の周りに居る「天才」の1人なのだ…
世界で扱えるのが15人しかいない『固有魔術理論』を有している「カゲリ」
天才的な表現魔術技法を有している「ラルラ」
多くの手柄を立て、大学は主席。国からも認められている天才である「リソウ」
やはり、普通で平凡な一般人は俺1人だけみたいだ
「人が集まってきてるみたい。それじゃあ、3人はさ隠れながら逃げてね。一般人巻き込んだのバレたら私が怒られちゃうから」
この姉、ぶん殴ってやろうかな?
自分の都合で俺を巻き込み、俺への報酬はアイス1つで済ませて、残りの手柄を自分のものにしようとしている
だけど、ここで逃げなければ俺たちもリソウと一緒に怒られる。全員見つかり怒られるか、俺たちが逃げて怒られることなくアイスを奢られるか…
全員不幸になる選択肢と、リソウが手柄を独り占めするが俺たちにもアイスという得がある選択肢の2択…
そしてリソウは、俺が「普通に考えて選ぶ方」を選択すると分かっている。つまり、俺を巻き込んだ時点でこうする予定だったのだろう
なんとなく、こうなることは予見していたけど、結果的に友達2人を助けられたのだし、今回は良しとして姉のことを立てることにしよう…次は利用されてやらない
足音の数が増えてきて、音も近づいてくる
「ほら、早く逃げて」
シッシッと手を振り、この場から去るようにアピールをする姉。なんとなくムカついて意趣返しがしたかったので、少し頭を使って考え、良いことを思い付いた
「アイス、3箱買ってもらうからな」
「え?」
「それも、スーパーとかに売ってるのじゃなくて、ちゃんとしたところの高い奴」
露骨に姉の顔が凍りつく。さっきまで手柄を上げられたことが嬉しくて口角が上がっていたのに、今は完全に困惑の顔だ
「じゃあ…2人とも逃げるよ」
「ふふっ…了解」「はいな~」
姉に何か言われる前に、ラルラが表現魔術を応用して、俺たちを風景と同化させて透明化させる
それでも音でバレる可能性があったが、近づいてくる足音によって俺たちの足音が書き消され、俺たちは無事、大人にバレることなくショッピングモールを脱出することができた
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