第23話 4月の終わり

帰りの電車は驚くほど混んでいた。巨大ショッピングモールが停電して、実験動物が逃走するという事故が起こったのだらか、それはまあ当然なのだが…


満員電車ということもあって、車内はぎゅうぎゅう詰めで、俺はカゲリとラルラを扉側に寄せて2人を守るように吊り革側に立った


結果的にそれは間違いだった。流れ込んでくる人によって俺は前へ前へと押されていき、2人と密着することとなった


しかも、俺達は話しをしていたため、互いに顔を向けていた。結果、2人の美少女と正面から密着するという最高の状況になったのだ


普通の男子高校生として、ここはドキドキするのが普通のことだろう


胸辺りに感じる4つの柔らかい感触に意識を向けてしまうのも、自然と上目遣いになっている2人の顔に目がいってしまったりするのも普通のことだ


電車がガタンッと揺れるたびに、身体がより深く密着していく。ラルラは少し顔を赤らめているっぽくて可愛いが、カゲリはいつも通りの余裕があった


俺達は扉側に立っていたので、降りる際は楽だった。最寄り駅に着くと、人の波にのまれぬよう駆け足で改札に向かった


少しの間ラルラは静かだったが、改札を出た時にはいつもの調子に戻っていた


その後、俺達は分かれ道まで一緒に帰り、その分かれ道で解散をした。ちなみに、カゲリとラルラはもう少しだけ道が同じだったので、2人はもう少し話しながら一緒に帰ったらしい


俺は家に帰ると、妹に駆け寄られ無事と連絡しなかったことを詰められた。どうやら、あの事故はニュースになっていたらしく、俺が今日あのショッピングモールに行く予定を知っていたので心配していたらしい


ことの顛末を話すと、我らがお姉ちゃんリソウが真の悪だと理解してくれたので、共にあの姉を詰める同士となってくれた


まあ、あの姉なら朝帰りを決め込む可能性もあるため、なくなく諦めて眠ることにはなりそうだけど…


◇◇◇◇


分かれ道でカキネと別れて、わたしはラルラと共に路地を進んでいた。ちょうどいいタイミングだったので、ラルラに今日の目的を果たせたのかを聞いてみる


「新しいインスピレーションは手に入った?」


奇想天外な1日だったけど、そもそもの目的はラルラのスランプ脱却のためにインスピレーションを求めるお出かけだった


まあ、あれだけ色々なことがあったのだから、この目的は達成されているだろう。そう思っていた、だけど芸術家の考えは違った


「んー…微妙かなぁ」


「あれだけのことがあったのに?」


「欲しかったベクトルが生物と物理ぐらい違うインスピレーションだったんだよ。作りたい欲は湧かないかな」


「ふふっ、なら、今日の努力は徒労に終わったってことだね。わたしは楽しかったけど」


「それはごめんね。カキネの代わりに謝るよ」


「カキネは別に悪くないでしょ…」


「責任を押し付ければ、心の安寧が保たれるんだよ」


そう言って、ラルラはアイドルさながらの可愛いウィンクをしてみせた


ラルラの通う部活『魔術表現』には、担い手も演出の1つとして数えられる、アイドルとフィギアスケートを足したような部門もあり、ラルラもその部門に出場することもあるため、表情筋や身体は柔らかくしているらしい


とはいえ、自信家のラルラとしては以外かも知れないが本人はあまり大きな舞台には立ちたくないらしく、あくまで一応やっているだけみたい


まあ、ラルラにも何かあるんだろうね


◇♧◇♧


ショッピングモールから離れた海岸沿いの工場地帯。その一角を1人の少女が歩いていた。その形相はまさに犯罪者


フードを深く被り顔を隠し、自分の手より一回り大きい魔法使いが着るようなコートを見に纏っている少女


「分体は確保されちゃいましたか。まあ、量産型ですし問題ないでしょう」


月明かりに照らされている海を眺めながら、少女は考えを巡らせる。それは、自身の命を掛けてでもやり遂げなければならないこと


少女は海を照らす青い月を見上げて、何の色もない表情で見上げる。そして言う、未来のことを


「絶対に壊させませんよ、この場所は」


何度目かも分からない覚悟。それをして、少女は振り返り次の行動を開始しようとした。しかし、彼女の道に1人の少女が立ち塞がった


「はい、逃げないでね…」


ボサボサな黒い髪にシワシワな白衣という不潔な少女。猫背で、目の下にクマがあり、体調も悪そう、丸口メガネ、その辺りの要素がすべて揃っている、そんな人だった


彼女の名前は「フメツ」 曲者揃いの未確認魔術対応局の一員であり、業界では変人としてかなり有名な人物であった


そんな人物ということもあって、フードの少女もフメツのことは知っていた。故に、即座に関わりたくないと判断し、逃亡を開始する


しかし、その足を泥沼が捕らえた。足が地面に沈み、深く深く足を重くしていく。その術を、少女は銀獣を通して知っていた


薄桃色の髪でフワフワとした緩い雰囲気を漂わせつつも、賢き者の証である白衣を着ている少女。リソウである


背後に気配を感じて振り向くと、そこには逃げ道を塞いでいるリソウの姿があった。どうやら、フードの少女を逃がしてはくれないらしい


未確認魔術対応局は致死率…というより行方不明率が9割を越えている危険な案件を担当する組織。そんな組織に1人、バイト学生いるという話を聞いたことある。そのバイト学生こそ、リソウだ


リソウの実力を少女は身を持って味わっている。足はすでに足首まで沈んでおり、そう簡単には上げられそうにない


「投降する気になったかい…?」


フメツがそう言う。少女は周囲を見渡し、逃げるルートを見つけようとする。すると、近くの建物の屋根にもう1人、白衣の青年が居ることに気づく


暗くてよく見えないが、おそらく彼も『未確認魔術対応局』のメンバーの1人なのだと少女は考え、3対1の不条理を心の中で嘆く


「仕方ありませんね。投降しましょう」


普通の強者が相手ならば、勝てなくとも逃げればしただろう。しかし、相手は『未確認魔術対応局』という実力以外の異常性を有している者しか生き残れていない組織…そんなところとは、そもそも交戦したくない


少女は両手を上げて降参の意思を示す。すると、屋根の上にいた白衣の青年が飛び降りてきて、その際に少女に手錠をかけた


この手錠は魔術を使用不能にする機能が備わっており、そもそもの強度も高い。そのため、まっとうな人間であれば、まず外すことは不可能な代物


少女も魔術を使ってみたり、全力で引っ張って破壊しようとしてみたりしたが、手錠はびくともしなかった


「確保しました。とりあえず、元の研究施設に連絡を…」


青年の至極真っ当な行動をフメツは「いや…」と言って制止し、とても公的機関とは思えない指示を言い渡した


「彼女の身柄はうちの局で預かるよ…どうせ元の研究施設は脱け殻がすべてと思って確保した気でいるからね…」


「わかりました。では、そうしましょう」


青年はその指示を疑いもせず、スマホを取り出そうとする手を止めた。こういうことは『未確認魔術対応局』ではよくあることなのだろう


両手を拘束された少女にフメツは近づき、少女の頬を両手で押さえ、目を見開いた状態でキス寸前まで顔を近づける


「名前は…銀獣ちゃんでいいか。銀獣ちゃん…君はこの世界をどんな視点で見ているのかな…」


少女は驚きから目を見開き、そしてフメツと深く見つめ合った。彼女の吐息を肌で感じ、彼女の目の奥から溢れ出る、おぞましいほどの探求心からは畏怖の感情を覚えた


「…」


沈黙と静寂。しばらくするとフメツは手を離し、青年に少女のことを任せて暗闇へと消えていった


…少女が驚いたのは急に頬を押さえられたことも理由の1つだが、1番の理由は別にあった。それは、フメツからの問…


確かに、少女はこの世界を違う視点で見ている。正確には『同じものを見せてもらっている』という方が正しい


深くは言わない。答えだけを端的に答える…この世界は


◇☆◇□


ラルラと別れ、高級住宅地へと向かうわたし。しかし、いつものような夢遊感に飲まれ、意識を…


いつも1人になると、急に時間の感覚や体の感覚がなくなり、気づいた時にはベットで目を覚ます。それが、今日はなかった


いいや…それはきっと、わたしが自分を知ったから。あのショッピングモールでの出来事。ラルラは忘れたあのルートの記憶


あの未確認魔術で、わたしは自分の正体を知ることとなった。いや、知らされてしまった。正されてしまった


「…っ」


どんな感情からなのかは分からない。だけど、気づけばわたしは拳を強く握っていた。ここまで感情に飲まれるのは自分でも初めてだとわかる


夜空に浮かぶ月を眺めて、自分がどうすればいいかを問う…もちろん、答えは返ってこない


『真夜中カゲリ』には使命があった。それは、自分が生まれた意味であり、世界のためになるものだった…


私の使命…それは


世界に残っていてはいけない存在…『夢乃カキネ』


彼を世界からさせることなのだ…

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