第25話 分かれ道

 やいのやいのと、お茶とおやつを食べながら五人でひとしきり騒いだ後。スマホを手放し、涙が出るほど笑っていたみいが、目尻を拭う。


「はは、はぁ。一生分笑った……」


 笑いの波に一区切りがつき、沈黙が場を満たしたタイミングでみいが切り出す。


「……あのさ。みんな、心配かけてごめんね」


「違うぜ。オレは、みぃに謝りたくて来たんだ。オレ、みぃが悩んでるの知ってたのに、何も、連絡しなくて……本当に、すまん」


「はゆ――」


「きひも、相談させてあげられなくて、ごめんなさい」


「きひろちゃん――」


 あをいは何か言おうと口を開きかけて、閉じる。


「実はあたし、今、スマホ依存症、っていうか、恐怖症、みたいな感じでさ。スマホを見てると、動悸がして、汗が止まらなくて。……こんな話しても、見なきゃいいじゃん、って思うよね。それで、あんまり見ないようにしてて、まあ、見ちゃうときもあるんだけど、その、返事とかもできなくて……ごめんね」


「また、こうやって集まればいいだろ。スマホのことなんて忘れるくらい、みんなで笑えばなんとかなるって!」


「そう、だね。うん、うん……!」


 みいがそっと目尻を拭った。


「明日、深山の家でこの四人でお菓子を作ることになってるんだ。麻布島まふしまも来ないか?」


「え、めっちゃ楽しそうじゃん!行く行く」


 その快諾を聞いて、あをいがほっと胸をなでおろし――目を伏せた。


「あ、あと、お父さん蒸発したんだけど、どうしたらいいか分かる人いる?」


「いや、それを先に言えよっ。まあー、うちの母親に聞いてみるわ。みぃのこともよく知ってるし」


「今日はきひが泊まってあげる。お泊りパーティーしよう」


「え、きひろちゃん、今日泊まるの?ウケる。あ、てか、みんなで泊まっちゃう?」


「悪い。俺は明日のお菓子作りの仕込みをするから帰る」


「いや、前日から用意するとかマジで本格的だな!まあ、オレは家近いし、その、パスで」


「オッケー。青っぴは、どうする?」


 あをいは、手袋をはめた手に一瞬だけ意識をやる。


「あをいも泊まる」


「いや、女子二人の空間に一人混ざるのは勇気がいるよ」


「きひのこと、女子だと思ってないくせに」


 正直に言って怒られたことも、嘘をついて気持ち悪がられたこともあるあをいは、何も言わない。


 どのみち、腕と手の怪我により利き手で鉛筆を持つことさえ難しく、きひろの助けがないとかなり大変だ。


「……分かった。入り用のものを揃えてくる」


「きひの分もよろしく」


「少しは兄に対して恥じらいというものがないのかい」


「ない」


 言い切られてしまった。ひとまず、男三人で外に出ることに。


「青っぴも色々と大変なんだな」


「今ではすっかり慣れたよ。そうなるように教育されてきたからね。……正直、今後会うことのない店員さんの目より、きひろに怒られる方が怖い」


「あー分かる。分かるぞ。うちの姉貴もそんな感じだからな」


 はゆうがあをいの肩に手を置き、二回頷く。


「黄色っぴは怒りそうにないけどな。今も、麻布島まふしまを一人にしないために残ったと考えるのが自然じゃないか?」


「何を言っているんだい、ちしおくん。確かに、一人にしないようにというのはあるだろう。しかし、それを踏まえた上で、何を言っているんだい、ちしおくん。僕がきひろに逆らえるわかないだろう」


「そうだぞ、ちしお。家庭のヒエラルキーってのはな、大体、女が強いんだ」


「そういうものか?うちの妹はそんなことはないが……」


「ああ、お前、いいやつだもんな……。妹が懐くのも納得だ」


「深山も、麻布島まふしまのことを親に聞くために帰るんだろう?明日、家に来る麻布島まふしまに、詳しい話ができるように」


「なんだ、バレちゃったのかよ。あーあ、ダセーな」


「いいところしかないだろう。何もダサくなどない」


ちしお……いや、まにまに!ほんっといいやつだな、まにまに!」


「まにまに……?」


 そんな会話をする二人を、あをいが楽しそうに眺める。が、言うべきところはしっかりと。


「深山くん。少し声を抑えた方がいい。君の声はよく響く」


「おお、悪い、気をつけるわ」


「――青っぴ。さっき注意しなかったのはわざとだな?」


「さて、なんのことやら。ところでちしおくん、昨日はどうやって中に入れてもらったんだい?」


「おお、そうだそうだ。オレたち、居留守されそうになってたよな?」


「中に入れてもらってはいない。扉にかけておいたものがなくなっていたから、食べたんだろうと思っただけだ」


「……本当に素晴らしいね、君のお菓子は」


 人と関わるのを怖がる人間に、扉を開けさせるだけの力を、まには持っているのだ。


「君たちがいれば、きっと大丈夫だ」


 あをいは二人に聞こえないよう呟いて、薄く微笑み、月を見上げる。


「ん、青っぴ、何か言ったか?」


「また食べたい、と言ったんだよ」


「それは嬉しいな。いつでも食べさせてやる。――さて、俺はこっちだが」


 十字路の右を指差すまに。


「オレもそっちだ。青っぴはコンビニだったな。ここから一番近いのは真っ直ぐ行ったとこだ」


「道案内ありがとう。助かるよ」


「じゃあ、また明日な!」


「――うん。また明日」


 歩き始めた少し後で、ちしおが振り返って言う。


「青っぴ。五人分、用意しておくからな」


「よろしく頼んだよ」


「好きでやっていることだから気にするな。それじゃあ、また明日」


 互いの姿が見えなくなり、あをいはため息をつく。


心夢こむさんのことといい、察しがよすぎるな、ちしおくんは」


 深呼吸をし、祈りを捧げてから入ったコンビニには、本日は女性の店員しかいなかった。

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