第18話 はゆうの未来

 みいとはゆうが恋人同士なのかと、あをいが問いかける。


「ああ……。中学のとき、一瞬だけ付き合ったけど、なんかその、とにかく、気まずくって。三日で別れてそれ以来、ずっと友だちだ。だけどなんか、そういうのって、相談する相手によっては面白半分にからかわれるじゃん?だからもういっそ、知らない人同士になろうって決めたんだよ」


「悪いね、そういった事情があるとも知らずに君と麻布島まふしまさんの関係を指摘してしまって」


「そんなに気にすんなって。元はと言えば、オレたちが隠してるせいなんだし」


 お菓子が一本、はゆうから差し出されて、あをいも手にチョコがつかないよう、口で受け取る。


「それで、なぜ僕に相談してきたのかな?今日まで僕らの間にこれといった関わりはなかったはずだけど」


「ああ。これまではさ、青っぴってなんか、人を避けてる?感じがしてたからオレも関わらないようにしてたんだけど、最近、心夢こむさんたちとつるんでるだろ?なんか、オレもいけんじゃね?と思って。昼間話してて、こいつ口固そうだな〜って思ったし」


「……君。さては、友だちを作る天才だね?」


「おう、友だちは多い方だし、作りに行ってる。青っぴとも、友だちになれたしな!」


 あをいはそっと目を逸らし、窓の外を見る。昨日から続く雨で空はどんよりと暗い。


「君の言うとおり、僕は人を避けてきた。未来診断士というのはね、誰の相談でも受けるんだ。……けれど、僕と親しい仲であるがゆえに、相談を躊躇う人がいるかもしれない。救えたはずの人を、友であるがゆえに救えない、なんてことがあるかもしれない。だから僕は、日常の中ではなるべく、印象のない、無に近い存在でいたいんだ」


「でもそれって、青っぴの青春を犠牲にしてないか?」


「未来診断士の資格を取ると決めたときから、その覚悟はできているよ。それに、親しい相手に相談できるような人なら、そもそも、僕のような存在は不要だからね」


「聞いていいのか分からんが、そうまでして、なんで診断士になろうと思ったんだ?」


 それは、と口を開きかけて、首を横に振る。


「これじゃあ、僕が診断されているね」


「何言ってんだよ。こんなの、普通に友だちの会話だろ?答えたくないなら、別に答えなくていいけどよ」


「いいや、答えるのは構わないよ。けれど、このまま僕の話をして、君の相談ごとを後回しにするのはいささか、気が引ける。先に、君の話を聞こうか」


 お菓子のなくなった机の上で、あをいは両肘をついて手の甲に顎を乗せ――ようとして、痛みのあまり両手をしゅーっと下げ、机の上に設置する。


「――上手いことはぐらかそうとしてたんだが、もしかして、バレてたか?」


「診断に来る人の中にも、そういう人は多いからね。せっかく僕を頼ってくれたなら、話す勇気を後押しするくらいはしてあげたいんだ」


 はゆうが坊主頭の後頭部を片手でかきむしる。


「相談したいのは、その、みぃのことなんだ」


麻布島まふしまさんのことか」


「ああ。今あいつ、学校来てないだろ?そのことでオレに、何かしてやれることがあったんじゃ――いや、今でも、あるんじゃないかって!」


 はゆうの真剣な眼差しを、あをいの切れ長の目が受け止める。


「一つ聞きたい。いや、二つ目になるか。――君は、彼女が来なくなった原因をなんだと考えている?」


「……なんか、落ち込んではいたけど、オレは、声をかけなかったから、何も知らない。でも、ちょっとしたことで休むようなやつじゃないって言うのは知ってる」


「もう一度言っておくが、僕には守秘義務がある。僕が守るべき秘密は、診断中の麻布島まふしまさんとの会話すべて――つまりは、僕が知っているすべてだ」


「そう、だよな……。友だちを、見捨てるようなことをしておいて、さすがに、都合がよすぎるよな。連絡しても、既読にならないし……」


「――麻布島まふしまさんから返事が来ないのはどうやら、君だけじゃないらしい。ちしおくんと心夢こむさんも言っていたよ」


「それは……ちょっと変だな」


 昨日、みいの自宅に訪れたまにがどうだったのかは、まだ聞いていない。


「ちょっと変、とは?」


「いや、みぃって中学のときから結構、スマホを手放せないタイプでさ。誰かと話しててもスマホが鳴ったらすぐ見るし。そういう青っぴは、連絡取れてるのか?」


「僕はそもそも連絡先を交換していないからね」


「え、なんで?」


「いや、なんで、と言われても。きひろ以外、誰とも交換していないからね」


「ちょいちょいちょい、青っぴ、スマホ出せ」


「いやいいよ。未来診断士というのは――」


「いいって!誰かとは連絡取れた方が絶対にいいって!」


 押し切られる形で、はゆうと連絡先を交換する。


「――よし!青っぴ、これからみぃの家に行くぞ!」


「そうかい。行ってくるといいよ」


「青っぴも一緒にだよ!」


「え?いや、僕は」


 はゆうは、目の前で手を合わせ、目をぎゅっと瞑る。


「頼む!一人じゃ緊張して行けそうにないんだ!」


 あをいはため息をついて、少しの間、沈黙する。


「……分かった。行こうか」


「よかった〜!マジで助かるわ!青っぴって、本当にいいやつだな!」


 水が滴ることはなくなった鞄を持って、あをいは席を立った。

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