第4話 ちうかの未来
「私の未来はどうなるの!?」
「君の未来は――有名人だね」
「有名人?配信で再生数稼いでコラボしたり、芸能人と共演したりするの?炎上して終わりそうだけど」
あをいはペンを手に取り、ホワイトボードに書きつけていく。
「凶悪犯罪――殺人を犯して一躍、時の人となるんだ」
「凶悪犯罪……。犯罪者はなってもいいけど、私はバレるつもりはないし、捕まらないと思うよ?」
「いいや。その慢心こそが、君の時間を奪う。人の心を正確に操れる。把握できる。コミュニケーションは勉強でなんとかできる。イレギュラーのみ気をつけていれば、完璧だ。そう思ってはいないかな?」
「ぴったり正解!すごいね、診断士って」
キュキュとペンを走らせる音を響かせ、カチッと蓋を閉めてペンを置く。
ホワイトボードには、原因→感情→結果と書かれている。
「君は確かに、人の心が分かるフリが上手い。けれどそれは、真似ているだけだ。どれだけ真似ようと、原因と結果の間にある感情が分からない限り、本物にはならない」
ホワイトボードに書かれた「感情」を、手のひらで消し去る。
「それは分かるけど、人の気持ちが分からないからって、飛躍しすぎじゃない?」
「別にそれでも構わないけれど。そんな感情が、君の言葉の端々から読み取れる。罪人となった日々も試してみたい――要は、刑務所にいる期間と学校で過ごす三年間を、君はまったく同じに捉えている。それを罪を償う時間だと、あるいは時間の喪失だとは、まったく思っていない」
「そうだね。いろんな人と話もできるし、案外、刑務所、向いてるかも!」
真後ろ、触れる距離に椅子を掴んだちうかがいる。けれど、あをいは振り返らない。
「君は、人に嫌われるのと好かれるのなら、どっちがいい」
「強いて言うなら、好かれる方かなあ。まあ、話ができるならどっちでもいいけど」
「刑務所に入れば間違いなく、社会全体から嫌われる。陽の光の当たる場所に、君の居場所はなくなるだろう」
「誰も人のことなんて興味ないって!散歩しててもきっと、気づかないよ」
「君がそれでいいなら、僕から言えるのは以上だ」
後頭部めがけて容赦なく振り下ろされる椅子を、あをいは避けない。
椅子の重さはおおよそ、五キログラム。背もたれを掴み、腕をピンと伸ばして振り下ろせば、回転の力が乗る。
さらに、椅子の足は細いため、重さと回転を活かした力が、少ない面積に集中する――。
それでも、あをいは避けない。
後頭部に迫る鈍器、二人きりの教室、相手の痛みなどお構いなしな、ちうか。
はたと、そのちうかが端末を見て、手を止める。
「もしかして、録画してる?」
「よく気がついたね」
「……ここで起きたことは秘密なのに、どうして録画なんてしてるの?」
「いずれ刑務所に行くかもしれないなら、今、未成年のうちに罪を犯しておいた方がいい。なぜなら、実名報道されないからだ」
あをいが端末の画面を背中越しに見せる。そこには、インカメラを通して、ちうかの顔と椅子を振り下ろそうとしているのが、バッチリ映っている。
「そう。いくらSNSが充実してても、遺族全員を始末すれば、私の名前が漏れることはない。それに、生半可な罪じゃ、少女少年院送りになるだけ。でも殺人なら、ほぼ確実に刑務所に行ける」
「そして今ここには、君と僕の二人だけ。プライバシー保護のためにこの廊下は誰も通らないように手配済み……とは、言っていないと思うけどね」
「だって、契約書まで用意する人間が、人目への対策を抜かるとは思えないもん!」
ちうかの視線が端末に向く。
「それで、どうして録画を?」
「君は衝動的には動かない。どこまでも、理性的で、合理的だ。僕はここでの秘密は確かに守る。だがそれは当然、法令が遵守されることを前提としている」
「つまり、私を告発するためだね。――じゃあ、いっか!」
低い位置から横薙ぎに振られる椅子を、あをいは背を屈めて腕で凌ぐ。が、ちうかが小柄な女子であっても椅子の重さに、躊躇のなさが乗れば、それなりのダメージが加わる。
「っ……!」
「女の子には、女の子なりの戦い方があるのっ」
椅子の足で突きが放たれる。四つの凶器が真正面から迫り、かわすことは、できない。
無理やり、対角線の二本を素手で掴んで押し返すが、ホワイトボードに向かってそのまま、押しつけてくる。あをいの背後、腰の位置にはペン置きがあり、背中をつけて力を入れることはできない。
ころっと、力の入れ方をずらされ、掴まれていない足が一本、回るようにしてあをいの腹を打つ。
「ぐっ……」
痛みに悶えるあをいめがけて、容赦なく、椅子が振り下ろされる。
頭への致命傷を避けて腕で防ぐが、動きが鈍り、対応しきれず片腕に衝撃が集中する形になる。
――あをいはそれでも、端末を手放さない。
「……人の話は、最後まで聞くものだよ。
「当然。人の話は最後まで聞くものだよね。でも、それは青っぴが動けなくなってからでも構わない。口さえ動けば話せるんだから」
「君は、恐れている――否、君の中に恐怖という感情はないから、純粋に嫌なんだ。この映像が、世間に公開されるのが」
「そりゃそうだよ。今日はちょっと写真映りが悪い日なの。それに、わざわざ実名報道されないようにしてる意味がないんだもん!」
あをいはニヤリと笑う。その顔を見たちうかの攻撃がはたと、止む。
あをいが端末の録画を停止させた。
その瞬間、録画したデータはSDカードだけでなく、クラウド上にも保存された。
「これでもう、君は安心できない。端末を壊しても、記録媒体を壊したとしても。スマホやタブレットのデータを完全に消すというのはかなり難しい。その上、クラウド上にバックアップも取っている。賢い君なら、分かるだろう?」
「はい、ちうか、降参します!告発されるのはいいけど、ネットに上げられるのは困るから!秘密を守るって言うから外部には出さないものだと思ってたけど、そうじゃないなら別に今である必要はないからね」
データを完全に消すことができない以上、実名報道されなくとも、世間にちうかの顔が知られる可能性が残り続ける。
指名手配の貼り紙は見なくとも、インターネットに流れてくる高校生のショッキングな映像は、様々な人が見、そして脳裏に刻まれる。
「データを完全に消すことは僕にもできないが、この映像を外部に漏らさないと契約することはできる。当然、これ以上の攻撃をしない旨も記載させてもらうがね」
「お願いします、青っぴ!」
「――まずは椅子を元の位置に戻してくれ」
元の位置で机を挟んで座る二人。
「先ほどの続きだが――君には人に好かれる方の、もう一つの未来の可能性がある」
「せっかく話してくれるなら、喜んで聞くよ!」
「君に向いているのは、社長だ」
はてなと首を傾げる。
「社長?」
「そう。案外、君のようなタイプは社長に向いていると言われているんだ」
「社長には、人の心が分からないってこと?」
「分かりすぎるとよくないってことだよ。ある種、シミュレーションゲームのようなものと捉えてみてほしい。現実世界でも、時には何かを切り捨てる必要があるけれど、ゲームの世界なら、そこに働くNPCのことなんて考えなくても問題はないだろう?情があるばかりに悔しい思いをする起業家は案外多いんだ」
「あー、確かに。それなら、やりたいことも、なんだってできるね」
「そう。ただし、知名度が高くなる分、悪いことをすれば隠し通すのは難しい」
「それに、後ろ暗い過去があると、その実現は、不可能になる――」
ちうかの視線が端末に向くと、あをいはそれを鞄にしまった。
「正直、どっちでもいいんだけど……どうしよう?」
「社長の方が刑務所よりは、自由だと思うけどね。お金がないとできないことができる、という面で」
「じゃあ、社長にしようかな!」
腕をさすりながら、あをいは言う。
「その代わり、治療費は出してもらうよ」
「あ、ごめん、痛かったよね?いいよー!そのくらい、安い投資だよ!」
「……ごめんなんて、まったく思ってないだろう?」
「大々正解!」
ちうかはにっこりと笑い、あをいはため息をついた。
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