三日目の朝
呼び出し音が何度も鳴り続け、ようやく相手が電話に出たかと思うと、スマホの向こうからは相手の声じゃなく騒々しい雑音が飛び込んできた。
その所為で、電話に出るまで散々待たされた事にもイライラしていた心実は、
「あんた、何やってんの!?」
苛立ちをぶつけるような声を出し、眉間に皺をつくった。
なのに、スマホから聞こえてきたのは『仕事お』という緊張感のない声。
どこからどう聞いても酔っ払ってるその声に、心実の苛立ちは更に増し、眉間の皺が深くなった。
「酔ってんの!?」
『酔ってるに決まってんだろお。仕事ちうだぞお』
「『ちう』とかキモい! マジでキモい! つかあんた、今日帰ってくんの!?」
『無理い』
「はあ!?」
『無理い』
「朝からウザい! ちゃんと喋れ!」
『なあに怒ってんだあ?』
「怒るに決まってんでしょ! とにかく今日は帰ってきな!」
『無理い』
「無理じゃない! あんた帰って来ないからこっちは大変なんだからね!」
『どうしたあ?』
「どうしたじゃないっての! 藍子も琢も、自分の所為であんたが帰って来なくなったんじゃないかと思って、昨日からウジウジウジウジ鬱陶しいったらない!」
『なあんで?』
「はあ!?」
『だから、なあんで藍子と琢は自分の所為だと思ってんだって聞いてんだよお』
「喋り方マジうぜえ」
『なあんでだ?』
「藍子は期末の赤点が多かったからあんたが怒ってると思ってて、琢はあんたのベルト千切ったからあんたが怒ってると思ってんの!」
『ベルトってえのは初耳だぞお』
「じゃあ、聞かなかった事にしろ」
『んー』
「しゃきっとしろ! マジうぜえ!」
『藍子に代わってくれえ』
「もう補習行った!」
『んじゃ、琢に代わってくれぇ』
「琢は友達のとこ!」
『んー』
「あんた、何で帰って来ないの!? マジで藍子か琢に怒ってんの!?」
『怒ってねえ』
「なら何でよ!?」
『あー、客が呼んでる。戻るわ』
「ちょっと! まだ話途中なんだけど!?」
『とりあえず、藍子と琢の所為じゃねえから、あいつらにそう言っといてえ』
「待ってよ! あんたマジで今日も帰って来ないつもり!?」
『こんなに酔ってちゃ帰れねえしって事でまたなあ』
「ちょ――」
そこで通話はブツリと切れた。
心実はスマホをぶん投げたい気持ちを抑え、グッと奥歯を噛み締めた。
翡翠が帰らなくなって三日。
これは余りにもおかしすぎると思うのに、心実には何が原因かさっぱり分からない。
昨日トワが帰ってからやけにウジウジとし始めた藍子と琢に、今朝になってどうしたのか問い質すと、ふたりは揃って翡翠が帰って来ないのは自分の所為じゃないかと言った。
心実はふたりの話を聞きながら、そんな事で帰って来なくなる訳ないじゃんと思う反面、そうやって原因を考えられる藍子と琢を羨ましくも思った。
おかしいと分かっているのに原因がさっぱり分からない状態というのは酷くモヤモヤする。
モヤモヤすると同時に腹立たしくもある。
その矛先は今や恋人のトワにまで向けられている。
翡翠の事を聞いても歯切れ悪く「忙しい」とだけ答えるトワは、毎日家に売り上げを持ってきたり、昨日はスーツを取りに来たりしたくせに、翡翠には全然会ってないと言う。
売り上げは、毎日海斗が【Crown】に持ってきてるらしく、昨日のスーツも海斗が【Crown】に取りに来るという事になってたらしい。
多分その部分は本当なんだろうと思う。
思うが、絶対的には信用出来ない。
翡翠とトワはきっと何かを隠している。
そこまでは分かるのにその「何か」が何なのか一切分からないから、心実は日が経つにつれて爆発しそうなモヤモヤとイライラを抱えている。
「あいつ、帰ったらシメてやる」
独り言にしては大きめの声でそう言った心実は、苛立ちを解消するかのように、いつも翡翠が座っているダイニングテーブルの椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。