偵察③


 藍子の部屋のドアを少し開け、中を覗いたパジャマ姿の琢は、すぐに持っていた母親のスマホを操作した。



 直後にスマホの画面には、「兄」という字が表示される。



 スマホを耳に当てると呼び出し音が二度鳴り、『はい』と疲れを隠しきれていない翡翠の声が聞こえた。



「翡翠君! 大変だ!」


『何だ? どうした?』


「藍子が最終段階に入った!」


『え!? もう!?』


 驚きの声を出した翡翠に「うん」と答えた琢は、少しだけ逸らしていた視線を元に戻す。



 時間は夜の十一時を回り、部屋にいるのは藍子のみ。



 その藍子はベッドの上にうつ伏せになっている。



「ちょっと待ってね」


 翡翠に断わりを入れた琢は耳からスマホを離し、ドアの隙間から手を伸ばしてスマホを部屋の中に入れた。



 そのタイミングを見計らっていたように、うつ伏せの藍子が「わー!」と奇声を上げる。



 布団に顔を埋めているから声が籠もっているものの、その喚き声は明瞭に聞こえてくる。



 これが、さっきまで部屋で寝ていた琢が目を覚ました理由。



 藤堂家では藍子のこの状態を最終段階と呼んでいる。



「聞こえた?」


 スマホを耳に戻した琢は、電話の向こうにいる翡翠に問い掛け、指示を待つ。



 やる事は毎回同じなのだが、琢はちゃんと指示を待つ。



『ああ、聞こえた。心実に報告頼む』


 翡翠の指示に「あい」と返事をした琢は、藍子に気付かれないように静かに部屋のドアを閉めた。



 期末テストが始まって、四日目の夜の出来事である。

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