恋は難しい

相談所に戻ったユウとレイは、西山と八尺様に飲み物とお菓子を用意した


「まさかこんなところに相談所があるとは思いませんでした…」


西山は驚きながら周りを見回す。するとレイが申し訳なさそうな顔になった


「ごめんなさい。無理させてしまいました?」


レイたちはこの町の人はこの森を恐れて近づかないことを知っていたが、つい西山を連れてきてしまったのだ


「い、いえ、無理してないです。でもびっくりしました」


西山は苦笑いを浮かべる。すると、細くて少し掠れた声が聞こえた


「ここは心霊スポットですけど…安心してください。…しばらくは何もありませんよ」


するとみんな一斉に目を見開いて数秒固まる


「「「は、八尺様が喋った?!」」」


3人は声をハモらせ、八尺様の方を見て叫んだ


「一応…普通に喋れますよ」

「そ、そうだったんですね…!」

「てっきりぽぽぽしか言わないのかと思ってた〜!」

「俺も…!」


ユウ、レイ、西山は顔を合わせると、ふふっと笑った


「さて、八尺様の聞こうか」

「うん!そうだね!」


ユウとレイは、西山と八尺様の座っているソファーの反対側のソファーに座った。そして、真剣な顔になる。するとユウが口を開いた


「えっと、なぜ八尺様は人を付き纏い、殺すようなことをしているんですか?」


ユウは八尺様を見つめる。八尺様は顔をこわばらせ、黙り込んだ。さっきまで和んでいた空気が一気に冷める。

レイはユウの耳元でささやいた


「ねぇ、もっと柔らかい言い方しようよ…」

「う〜…だってこれしか言葉思いつかなかったんだもん〜」


レイはため息をつき、八尺様を見る。八尺様は顔がこわばったまま動かない。レイは、そんな彼女に優しい声で喋った


「僕たちは、あなたに辛い過去や悩みがあるから人を襲ってしまうのかなと思ってるんです。だからそれを解決したくて…よかったら実際どうなのかを教えてほしいです」


すると八尺様の表情が少し緩む。しばらくして、ゆっくりと口を開いた


「あの…話が重いかもしれませんが…私の過去、聞いてくれますか…?」

「「はい、もちろんです」」


ユウとレイがそう言うと、八尺様は少し暗い表情で話し始めた









______八尺様が人間だった頃、彼女はある若い男性に恋をしていた。

その男性は隣の家に住んでいて、会うと優しい笑顔で挨拶をしてくれる。八尺様はその笑顔に一目惚れしたのだ。八尺様は挨拶をされるたびにもっと彼と仲良くなりたいと思っていた。


しかしまともに話せず、挨拶だけの仲のまま3年が経ってしまった


(このままじゃ私の恋は実らない…)


一方的に追いかける恋のままでは嫌だ。彼と話したい。そう思い、勇気を出して話しかけようと決意した。___が、なんの話をすればいいのかわからない。


(そもそも彼は私に興味はあるの?)


興味がないなら話していても相手はすぐ飽きてしまうだろう


(まず彼の好みの人にならないと!!)


それから八尺様は、毎日その男性の好みについて調査することにした。


最初は本やテレビなどで男性の好きなものや興味を惹く話題などを調べていた。しかし、調査するにつれて、その方法は当てにならないと思ってきた。すると次は、友人や家族を探し、その人たちから彼の好みや趣味を聞くようになった。それにより、白系のファッションの女性が好みであること、スポーツをすることとアニメ鑑賞が趣味であることが分かった


しかし、これだけでは気が済まなかった


(なんのスポーツが1番好きなんだろう…どんなアニメを見てるんだろう…何に興味があるんだろう…調べないと…)


勤務先を調べ、そこへ訪問したり、休日に彼が出かける時は後ろから着いて行ったりと、調査方法は次第に悪い方向へとエスカレートしていく。

やがて彼の家に行き、監視するようになった。それを知った八尺様の友人や家族は止めようとしていた。しかし八尺様にはもうその声は届いていない。彼女の目線の先には片思いの彼しかいなかった



ある日、八尺様は白いワンピースを着てツバのある白い帽子を被り、白いハイヒールを履いて外に出た。すると、男性もちょうど外へ出てきた。


「こんにちは〜!」


八尺様は笑顔で彼に挨拶をする。すると、彼はそんな八尺様を見てギョッとした表情になった


「こ、こんにちは…」

「いい天気ですよね!」

「そうですね…」

(あぁ、今彼と話せた…!)


八尺様は喜んだ。

一方、男性は震えた声で呟いた


「ぼ、僕に着いてきてるのって…」


すると八尺様は笑顔のまま男性を見つめた


「ふふっ、あなたの好みの女性になったでしょう!あなたの好きなアニメとか、好きなスポーツも知っているわ!」

「え…」


男性は言葉を失う。しかし構わず八尺様は話続けた


「嬉しい?私ね、あなたが好きなの。会った時からずっと…。ねぇ、一緒に話しましょう!」


そう言いながら男性へ近づく。彼はそんな彼女に恐怖を覚えた。


「む、無理…」


男性の口から小さく溢れる。その声を聞いた八尺様の動きが止まった


「なんで…?」

「…」


男性は何も言わない。すると、八尺様の身体が震え始めた


「私…振られたの…?なんで…?あんなに頑張ったのよ…それなのに…あぁぁぁぁ!!」


そう叫ぶと八尺様は家へ駆け込んだ。


その日からベッドの上でずっと泣く日々が続いた。やがて無心状態になる


「なんで…努力したのに…私を認めてくれないの…?」


暗い部屋の中、ボソボソと呟く。その声は掠れている。

まともに食事ができておらず、顔はやつれて、身体は痩せ細っていた


(私のことを好きじゃないのかな…)


そう思った瞬間、彼への好意と努力を認めてくれなかったことに対しての殺意が混ざり合った。

八尺様は窓から外を見ると、彼が出かけようとしているのが見えた。すると近くにあったタオルを持つと、フラフラと玄関の方へ向かった。


ガチャッ…


八尺様は外へ出ると、目の前の男性を見て微笑んだ。男性は、目を見開いて震え出す。そんな彼に八尺様は両手でタオルを持って近づいた。


「なんで私の努力を認めてくれなかったの…私はあなたが大好きでやったのに…」

「く、来るな!」


恐怖のあまり、男性はそう叫んで後退りをする。そんな男性を見て八尺様はなぜか嬉しそうな笑みを浮かべる


ぽぽぽ


そんな笑い声を出しながら彼に近づく。男性は呼吸を荒くしながらも反対側の道へ逃げようと道路を渡る。すると八尺様も道路を渡り始めた


「嫌だ!来るな!!」


足がもつれながらも男性は八尺様から逃げる。やがて反対側の道まで着いたが、そこで倒れ込んでしまった。


ぽぽ、ぽぽぽ


八尺様はずっと笑いながら彼に近づく。そして、持っていたタオルを力強く引っ張り、男性の首を通そうとした。その時___


プー!!


車のクラクションが鳴り響く。そして、ドンっという音と同時に八尺様の視界が真っ暗になった








____「そこから私は、霊になった今も、気に入った男性を見つけると追いかけるようになってしまったんです…」


八尺様の話を聞き終え、重い空気が流れる


「つまり失恋がきっかけで人を襲うようになったってわけか…」


しんと静まっているところにボソッとユウが呟く。八尺様は静かに頷いた。するとレイが深く頭を下げた


「逃げてしまってすみませんでした」


レイは八尺様に謝る。ユウもハッとして頭を下げた


「逃げられるの辛かったですよね。そんなことも考えずに行動してしまいました」

「ほんとにごめんなさい!!」

「気にしないでください。もとは私が悪いので」


八尺様は首を横に振り、ユウとレイに頭を上げるように言う。頭を上げたユウは恐る恐る口を開いた


「ちなみに八尺様は…当時は自分がやっていることが良くないことだってわかってたんですか?」

「あ、はい…多分わかっていたとは思います…」


ユウの質問に答える八尺様は自信なさそうだった


「うーん、恋って難しいね〜…」


ユウはそう言うと背もたれに寄りかかり、身体を伸ばす。すると、その横でレイが口を開いた


「僕恋愛したことないからわからないけど…彼を振り向かせることに必死で、自分を抑える余裕がなかったんじゃないかな」


するとユウは「自分を抑える余裕?」と、首を傾げた


「うん。例えば、ついカッとなったときに物とか人に八つ当たりしちゃうとき、なかなか自分で止められないよね?」

「あっ、確かに!まずそれを自分で止める余裕がないかも!」

「そう、たぶんそれと同じようなことだと思う」


八尺様はきっと心の余裕がなくなってしまい、良くないことをやろうとしている自分を抑えられなかったのだろう


「やったことは良くなかったけど、抑えられなかったのはしょうがないよね」

「でも…私、死んでからもいろんな人に怖い思いをさせてしまいました…」


八尺様は俯く。ユウはそんな八尺様を優しい目で見つめた


「やってしまった過去は変えられない。だから今反省して、今後同じことをしないようにすることが大切だと思いますよ。」


その言葉に八尺様はわずかに顔をあげる。するとユウは、笑顔を見せた


「それに、八尺様を認めてくれる人は霊界にもいると思います」


その言葉を聞き、レイも微笑んだ


「あなたと話してみると、本当は優しい人なんだろうなって思いました。好きな人の好みに合わせるのも必要とは思いますが、それであなたの素敵なところを失うのはもったいないですよ。だからありのままの自分も認めてくれるような人も探してみたらどうですか」

「…そう、ですよね…自分を失ったら苦しいだけですもんね…!」


八尺様は少し明るい声で呟く。ユウとレイにはなんとなく彼女の目に光が入ったように見えた。

八尺様は西山の方を向くと頭を下げる


「ずっとあなたを付き纏ったりしてごめんなさい」

「えっ、いえいえ!もう俺は大丈夫ですよ!」


西山は胸の前で両手を振りながら八尺様を許す。すると八尺様は微笑んで、3人を見た


「私、霊界に戻って自分を見直したいと思います。本当にありがとうございました」


すると、八尺様の身体がゆっくりと透けていく


「えっ、八尺様!?」


八尺様はどんどんと透けていく。そして、最後にもう一度「ありがとう」と言って完全に消えていった。3人は唖然とする


「れ、霊界に戻ったのかな…」

「あんな風に戻るんだ…」


ユウとレイは八尺様が座っていたところを見つめる。すると西山が穏やかな表情で口を開いた


「お二人ともありがとうございました。これで安心して過ごせます」

「あっ、こちらこそご依頼ありがとうございました!」

「無事解決できてよかったです」


3人は笑顔を交わす。すると、西山はふと興味を持ったような目でユウとレイを見た


「あの、八尺様って魅入られた人しか見えないらしいんですけど、どうしてお2人は見えてるんですか?」

「「っ…!?」」

(まずいよ〜、私たちが霊だってバレちゃうかも!!)

(どうにかしないと…!)


2人は顔を見合わせ、目で会話をする。そして同時に西山さんの方を向いた


「2人とも霊感が強いんですよ〜!」

「そうそう、だから霊に関する悩みを解決できるんじゃないかって思ってカウンセラーを作ったんです」

「そうなんですね!…で、霊界ってなんですか?」


再びユウとレイは顔を見合わせる


(この人、意外と好奇心旺盛だよ!!)

(これは厄介だね…)


2人は苦笑いを浮かべると、次々と出てくる西山の質問に冷や汗をかきながらも答えていった

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