死神と黒猫(黒澤玲香の独り言)

Kurosawa Satsuki

黒澤玲香の独り言

第一章:


私は、都会に住む小学三年生。

自分で言うのもなんだが、霊感が強い孤独な天才少女だ。

両親は離婚し、現在母方の別荘で暮らしている。

母は教育熱心で、数学、国語、英語など、様々な難しい問題を出しては私に解かせた。

私も母の期待に応えようと頑張ってはいるが、一つでも間違えると、

母は人が変わったように怒鳴った。

母は私に期待をしていて、貴女は生まれもって特別な存在だと私に言い聞かせた。

学校ではいつも孤独だった。

クラスに馴染めず、休み時間でも放課後でも、

いつも読書をしたり、勉強したり、絵を描いたり、

たまに、誰もいない放課後の音楽室でピアノを弾く。

協調性どうこうなんて、もはや私にはどうでもいい事。

だって私は、一人でも充実した人生を過ごしているのだから。

そういうつもりなのだから。

………………………

帰り道で、いつも道端で遭遇する野良猫を発見。

餌を与えた訳でも無いのに、黒い毛並みの彼女は私に擦り寄ってくる。

「君も一人?」

「にゃー」

「私も」

「にゃ?」

「これ、食べる?」

「にゃー」

「美味し?」

「にゃー」

「よかった」

そのすぐ近くには女の霊がいて、暗い顔で私の事をずっと睨んでいる。

相手は、私が見えている事をわかっている様子だ。

「成仏するか、それともここに残るか、自分で決めて」

そう言って私は、幽霊の彼女に一枚の除霊の札を渡す。

アニメやドラマとかでも、無理矢理に成仏させたり倒したりするけど、

私はそういう非人道的な行為は、いくら幽霊相手であってもしたくない。

できる限り、だけど。

曲がり角を曲がって、ようやく帰宅。

すぐに自分の部屋へと向かい、ランドセルを下ろして勉強机に座る。

宿題の前に、小説の続きを書く。

ある程度は完成したけど、

なんか、しっくり来ない。

結局これも失敗作、似たり寄ったりと、

同じような内容の作品ばかり。

特に感動するわけでも、面白い訳でもない。

世界観もバラバラ、文脈もおかしくて、

何を伝えないのかも分からない。

どれもこれも評価する価値もない駄作。

傑作なんて思っているのは自分だけ。

自己満足の作品だらけ。

それでも、自分にしか書けないものだから。

唯一無二のものだから。

そうやって自分を慰めながら、今日も新しい物語を書く。

創作中、母親から広場に呼び出される。

きっと、今回の小テストの問題が百点じゃなかったから。

いつもは目線すら合わせてくれないのに、

こうゆう時にだけ呼び出し、

何を話すのかと思えば、中身もないしょうもないお説教。

親からすれば、私達はただの動く個体でしかない。

あの人もそう。

私を愛してなんか居ないんだ。

養ってもらっているだけで幸せものだとか、

そんな、こちらは産んでくれとも育ててくれとも頼んでないわけだし。

じゃ、家出すればとか言うけど、

私の場合、家出も出来ないし、死なせてもくれない。

産んでも育てきれずに捨てられ、孤児になる子もいる。

くだらない愛で子作りして、それで責任取れませんなんて。

産んだだけで、親になれる訳じゃない。

自分は立派だと勘違いして、

子供の本音も見ようともせず、暗い顔をすると、

なぜこれだけ与えてやっているのにと激怒する。

誰のおかげで生きていけるのだとね。

じゃ、あなたの手で私を殺してよ。

産んでもらった分際。

羨ましいな。

そうゆう事を言う人は、さぞかし愛され、

幸福な人生を送って来たのだろう。

いじめもそう。

やられる方が悪いで終わる。

結局、自分の事は自分が一番よく知っている。

自分にとっての苦しみは、他人にとっては大した事じゃなくて、でもやっぱり自分にとっては辛くて。

助けて欲しくて、でも声に出せなくて。

近くの大人に助けを訴えても理解して貰えなくて。

ずっと一人で抱え込んで。

他人には到底理解出来ない。

子供に暴力を振るうのも愛。

子供を捨てるのも愛。

じゃ、愛ってなんですか?

「今日は九十点ですか」

「…」

「成績ガタ落ち、一応言っておくけど、黒澤家では、優秀な人材しか認められない、

この家では百点が当たり前なの」

「…」

「次のは、期待してるから」

嘘つけ。

初めからこの人は、私の事など見ちゃいない。

興味すらない。

期待なんて、親戚の兄さん達で充分。

そんな事を思いながら、説教の後に自分の部屋へ戻る。

人は、三秒に一人生まれ、三秒に一人が死んでいるという。

人それぞれ、みんな違ってみんな良い。

一人一人で役割が異なり、出来ることも限られている。

自分に出来ること、やらなければいけない事。

生きるという事。

死ぬという事。

なら私達は、一体なんの為に生まれて来たのだろう?

今でも、世界の何処かでは、

私の体を買ってください。

なんて、自分を売る幼い少女がいる。

勿論、某ドキュメンタリー番組で知った知識。

ああ、大人になんてなりたく無いな。

………………………

七月七日は、みんなが知っている通り七夕の日。

日本に伝わる節日文化。

アルタイル(彦星)、ベガ(織姫)、デネブ(白鳥)

の、星座の話は有名だが、

一年に一度とはいえ、何百年もそれが続いたら流石に飽きるし、お互いに冷めるんじゃない?とか、

思ってしまう。

というどうでもいい独り言は置いといて、

この日は、私の誕生日でもある。

プレゼントは期待していない。

人生の中で貰ったのは、名前くらいだし。

この日に限って、家には私一人。

今日もつまらないまま終わるのも嫌だし、

遊びがてら、毎年恒例の儀式をしよう。

それは、白い画用紙を切って穴を開けて作った七枚の短冊に、

願い事を書いて部屋の窓にかけられたカーテンのフックに吊るすというもの。

一つ目の願いは、全ての物語を完成させる事。

二つ目は、ピアノとヴァイオリンを今より上達させる事。

三つ目は、自分の作品を一人でも多くの人に見てもらう事。

四つ目は、某人気作家の新刊を読む事。

五つ目は、誰にでも優しい存在になる事。

六つ目は、一度でいいから母親に貴女は私の自慢の娘だと言われる事。

そして最後の願いは、争いの無い誰もが平等に幸福である世界。

「玲香、お客様がいらしたので至急広場に来てちょうだい」

また母親が、ノックもせずに部屋に入って来て、冷めた眼差しで私を呼ぶ。

どうせ、たまに家へ来る大手企業の社長おじさんなのだろう。

あの人は、私を気に入っているようだが、

会う度に体を触ってくるから私は苦手だ。

それに、そのおじさんの息子が婚約者って。

たまには、私の都合も考えて欲しい。

世間ではよく、貧乏で自由なのと、裕福だが親などに支配されて不自由なのとどちらがマシかという話があるが、私はどっちも嫌で、その中間の、

貧乏でも裕福でもなく、可もなく不可もなく、

ある程度の自由があれば充分だと思っている。

要は、普通が一番って事。

お金があれば幸せとは限らないしね。

というか、今日は客がいるから母も家にいるんだっけ?

まぁ、私の誕生日なんて気にしていないだろうけど。

広場には、私と母と社長と従兄弟の兄さんの四人が集まっていた。

「やあ、久しぶりだね玲香ちゃん」

おじさんから異臭がする。

何を食べたらそんな臭いがするんだ?

冗談抜きで、私を見る目もいやらしい。

まぁどうせ、後で母とイチャコラするんだろうけど。

「玲香ちゃん、今日誕生日だよね?おじさんがプレゼントしてあげるよ、何が欲しい?言ってごらん、僕がなんでも買ってあげるよ」

「社長、玲香はそんなもの要りません、

玲香、部屋に戻りなさい」

母が、私達の会話を遮る。

よかった、今日はおじさんのセクハラは無さそうだ。

私は、母の言う通りに大人しく自分の部屋へ戻った。

それからしばらくして、書斎室へ読み終えた本を

置きに行こうと思い部屋を出ると、

書斎室の方から物音と喘ぎ声が聞こえてきた。

また母と兄さんが浮気してる。

あーあ、今までで一番最悪な誕生日。

もういいや、なんでも。

諦めて自分の部屋に戻ろうとしたその時、

背後にいたおじさんに、腕を掴まれた。

寒気と恐怖が私を襲う。

その後、何をされたかはよく覚えていない。

多分、私は泣いていたと思う。

とにかく、本当に最悪な一日だった。

次の日の放課後。

私は、着物姿の女性の霊と出会った。

話を聞くと、その女性は、

最愛の人に裏切られた後に十五階のビルの階段から突き落とされたらしい。

その人は何億の借金を抱えていて、

そのお金を肩代わりしたのにもかかわらず、

他の女と浮気して、それに激怒した彼女が、

彼の家へ問い詰めに行き、階段付近で争いになり、

結果、彼女の方が突き落とされたとのこと。

それからというもの、男嫌いになりながら、

復讐も成仏も出来ずにこの辺りをさ迷っているそうだ。

「あのクソじじぃ、私が殺してやろうか?」

クソじじぃとは、昨日家に来たおじさんの事。

「殺しちゃダメだよ、どんなに嫌いな人でも」

「君は、優しいんだな」

「なんでもいいよ」

「嫌なものは嫌だと言わなきゃダメだ、

その嘘がいつか全てを失い、やがて身を滅ぼす」

「それでもいい」

彼女は、呆れた表情を浮かべる。

「だいたい、あの時泣いていたじゃないか」

「あれは痛かったから」

「それじゃ、次何かされたらいつでも私にいいなよ?その時は、私が…」

「貴女も優しい人だよ、そうやって他人を心配できる事」

そう言って私は、彼女との会話を切り上げ、

真っ直ぐ家に向かった。

帰宅すると、家にはハウスメイド以外誰もいなかった。

私は自分の部屋に向かい、ランドセルを下ろして、

そのまま書きかけの創作に取り掛かった。

そして一時間後、ついに新しい短編小説が完成した。

タイトルは、”恵まれなかった全ての子供達へ”。

早速、今流行りのSNSに投稿する。

勿論、誰一人として私の作品を見る人なんていないけれど。

投稿もし終え、USBメモリに保存した後、

私は、また外へ出た。

そのまま、近所にある駄菓子屋へと向かう。

駄菓子屋に着くと、

店主のおじいちゃんは出かけていて、

代わりにお婆さんがカウンターに座っていた。

無口で物静かなお婆さんは、何故かいつも微笑んでいる。

表情一つ変えないその顔は、いくら私でも少々不気味に感じる。

私は、カウンターの直ぐ隣にあるドリンク用の冷蔵庫から、

瓶のラムネを一瓶持ってお婆さんにお金を払って店を出た。

私は早速、近所の公園のベンチに腰掛けてラムネを開ける。

「美味しそうだね」

顔を上げると、目の前にセーラー服姿の高校生位の女性が私を見下ろしながら立っていた。

影がないから、恐らく幽霊。

「ラムネのビー玉を綺麗に取る方法、教えてあげようか?」

「そのくらい知ってる」

それにしてもこの人、今まで出会ってきた幽霊とは違い、陽気というか、生き生きしてる。

どう見ても死人とは思えない。

こんな明るい人が、なんでまだ成仏してないのか?

「今、私の事考えてたでしょ?幽霊の癖に陽気だなって」

「あなたは誰?」

「それは内緒、今はね、陽気な幽霊って事にしておいてよ」

「それで、私になんの用?」

彼女は両手を腰に当て、エッヘンと偉そうな態度をとる。

「生きるの辛かったら、私が君の代わりになってあげようと思って」

「いらない」

「でも、せっかくの体、捨てるには勿体ないよ」

誰にも話して無いのに、なんで分かるの?

「どうせあなたも、私の幻覚妄想でしょ?」

「失礼だな、そう思うのは勝手だけど」

とにかく、よく分からない人だ。

会話を早めに切り上げ、後ろからついて来る陽気な幽霊を無視しつつ家に戻ると、

すぐに黒色の布と綿と裁縫箱を取り出し、裁縫の作業に取り掛かる。

「何作ってるの?」

「猫のぬいぐるみ」

「黒猫かー」

ちょうど、大人の手のひらサイズで縫っていく。

地味で下手だけど、たまにこうして工作をする。

こうしていると、嫌なこととか忘れられるから。

安易過ぎるかな?

女の子なら、このくらい普通だと思うけど。

後日、完成したぬいぐるみを持って、

公園へと向かった。

誰も居ないと思っていたのだが、

生憎、他にも人がいて、

しかも、よりにもよってクラスメイトだ。

みんな、冷めた目で私を見る。

これもいつもの事。

「なあ、帰ろうぜ?」

「そうだな」

「てか、黒澤のやつ何持ってんだ?」

「気持ちわりぃ」

一人の男子が、私からぬいぐるみを取り上げ、

茂みの方へほおり投げると、

私を押しのけて、どこかへ行ってしまった。

他の子も同様に、汚らわしいものを避けるように逃げていった。

私はその場で呆然と立ち尽くした。

しばらくして、我に返った私は、

ようやくぬいぐるみを探す気になり、

茂みの方へ歩みを進めた。

夕方になり、ようやくぬいぐるみを見つけたが、

糸が切れてボロボロになっていた。

「どうして抵抗しないの?」

「諦めだよ」

自分が可哀想とか、悲劇のヒロインを気取っているとか、それ以前に、当たり前すぎてどうでもいい。

というのが、本音だ。

「ダメじゃないか。

そういう思考が、いつか身を滅ぼすんだって」

「うるさい」

そう言う余計なお世話に嫌気がさす。

同情なんていらない。

あの時だってそうだ。

傷だらけの私を見て、近所の人たちが口々に噂をする。

聞こえてくる台詞は決まっている。

「可哀想に…」

自分でもわかっている。

自分がどれだけ醜く汚れた存在なのかくらい。

けど、それでも、

こんな私でも、人並みの幸せが欲しい。

それっていけないことなのかな?

やっぱり私は幸せになってはいけないのかな?

なーんてね。

いい加減慣れたし、今更どうでもいい。

もう自分から幸福なんて求めない。

「他力本願?」

「それもそうか」

ぬいぐるみ、後で帰ったら直そう。

この子に罪はない。

………………………

ぬいぐるみの件から数週間後。

私は母の付き添いで、田舎にある親戚の家へ行くことになった。

玄関先で叔母さんが出迎えてくれ、

直ぐに屋敷内へと案内された。

広間には、叔父さんと親戚の人達が並んで座っていた。

しばらく挨拶がてらの雑談をした後、

ここからは、大人の話だから、

子供達は、外へ出ていなさいと言われ、

私は、従兄弟と共に広間を出た。

大人の話というのは、遺産相続の件だと言う事は、

私にも察しがついた。

私は、従兄弟の子供達と裏庭の方へ向かった。

花壇には朝顔が咲き、周りには数本の松の木が生い茂っていた。

かくれんぼしようよ。

そして、恒例の遊びが始まった。

ジャンケンの結果、私は鬼になった。

従兄弟達は、それぞれ広間以外の部屋へと散らばって隠れた。

さてさて、のんびりまったり見つけますか。

私は各部屋に入り、タンスやクローゼットを漁る。

家は小さい子が多いから、狭いスペースは隠れやすい。

ほら、早速一人目みっけ。

叔母さんのクローゼットの中に女の子が一人。

二、三人目も、押し入れにて見つけた。

あとは、一番上のお姉さんか。

背が高いから、流石にタンスの引き出しとかには隠れられなさそうだけど。

一応、細かい場所も探索してみる。

「これは?」

亡き祖母の寝室で見つけたのは、

幼き母のアルバムと、丸い形の宝石が埋め込まれた髪飾り。

「見つけちゃったか、おばあちゃんのたった一つの遺産」

隠れていたはずの姉さんが、突然姿を現す。

「宝物?」

「そう、とてつもない魔力を秘めたもの」

その言葉を聞いて、私は妖怪を封じ込める陰陽師が持ってる式神的な何かを想像した。

「それ、こっそり持ってっちゃいなよ」

「でも…」

「大丈夫、みんな忘れてるって」

私は戸惑いつつも、その髪飾りをこっそり自分のカーディガンのポケットへ閉まった。

「さあ、大人の話も終わったし、広間で夕飯食べよ」

私は、姉さんに腕を引っ張られながらみんなのいる広間へと向かった。

今日の夕食は、素麺と夏野菜の揚げ物、ほうれん草のおひたし、ゴーヤチャンプルー、白米、豚汁だった。

食後、テレビを見たりしながら休んでいると、突然空から花火が上がった。

今日は、近くの神社や公園で夏祭りや盆踊り大会をしているらしかった。

みんなが休んでいる間、私は一人で外へ出た。

向かったのは、近くにある蛍の森。

自殺の名所でもあるこの森では、霊ともよく遭遇するのだが、みんな怠惰な顔で私の横を通り過ぎる。

田舎だし、仕方がない事だけど。

そんなこんなで、二キロほど歩いてようやく目当ての場所に辿り着いた。

大きい沼に何百匹の蛍が、エメラルドグリーンの光を放つ。

「女の子が一人で、こんな暗く人気のないところに居ちゃ危ないよ」

後ろの方から女性の声がし、振り向くと、

赤い瞳の黒猫がいた。

月明かりに照らされていて、その猫がこの前学校からの帰り道で会った野良猫だとすぐに分かった。

「どうしてここに?」

「ずっと一緒にいたからね」

「幻覚の人?」

「正解、って、なんか違う気もするけど」

まぁ、そりゃそうか。

他人からも見えるんだし。

というか、まさか幻覚の人の正体があの猫だったとは。

「はいこれ、猫のぬいぐるみ忘れてるよ」

「ありがとう」

そう言い、手作りのぬいぐるみを渡される。

「宝物なんだろ?」

「うん」

「これが君の財産になるかもね」

「それはどうかな?」

「どういう事だい?」

子供を産む気はない。

私のような失敗はさせたくない。

ただただ、怖いんだ。

愛する人や大事な子供を幸せにする自信がない。

まぁ、結婚すらできないと思うけど。

…………………

今日は、八月十五日。

お盆の日であり、私にとっては、

除霊用のお札をもらうためにお寺の和尚さんに会う日。

学校帰りに、近所のお寺へと向かう。

和尚さんとは知り合いで、

たまに、幽霊の話をしたりする。

その会話の殆どは、幽霊はいるか居ないか。

幽霊は確かに存在する。

普通の生者には、干渉出来ないだけ。

だから私のような霊感がある者に近づく。

自分以外の霊は見えなくて、

孤独のまま、この世をさ迷っている。

だから話す相手も居ない。

私はそうゆう死者の相手をしたり、

札を渡して成仏するかどうかを決めさせたりする。

一般人の言う、心霊写真や怪奇現象は全て脳が起こす錯覚でしかない。

勿論、金縛りも同じだ。

人は、過剰なストレスや心身共に極限状態まで陥ると、

それを無理に理解しようとして、頭の中で恐怖を作り出す。

昔の人が病気や災害を、幽霊や妖怪のせいにするのも同じ。

陰陽師も、いわば精神科医のようなものだし、

それに、幽霊だって元はと言えば人間だ。

人は、本当の意味で孤独にはなれない。

生きていて、自分が孤独だと思い込んでいても、

家族、学校、社会、宗教、と、必ずどこかしらに属していて、

完全に孤立する事は不可能なんだ。

人間にとって、一番の苦しみは孤独だ。

結局、幽霊も人間も変わらない。

傲慢で、強欲で、嫉妬深くて、贔屓で、嘘つきで、その癖 寂しがり屋で、幽霊にだって人間のような感情がある、笑う時は笑うし、泣く時は泣く、怒る時は怒る。

人間と同じ言葉を発し、人間と同じ景色を見る、人間と同じ事をする。

勿論、死ぬことも出来ずに自分以外誰もいない空間で永遠といることは、

拷問や大事な人を失うよりも辛い事。

和尚さんは、いつものように質問をする。

「玲ちゃんは、神様は信じるかい?」

「信じるよ、この世界を創った人でしょ?」

「人ではないと思うけど」

傍観者。

神様だって人間だ。

自分と同じ存在を創り出した。

その最初の人物がアダムとイヴ。

創った者と創られた者。

彼と私達はその相対関係にある。

それに、この世に存在する誰もが不完全なのだ。

完璧な存在なんてどこにも居ないんだ。

「じゃ、もしも玲ちゃんが不死身になれたら、

どうする?」

不死身。

不死身とは、死よりも恐ろしいもの。

永遠の苦しみ。

その恐怖からは絶対に逃れられない。

なのに、なぜ人は不死身を望むのか?

「私は、不死身は嫌だよ」

「そうか、私も同じだ」

あっそうだ、和尚さんから札を貰うの忘れてた。

「これで足りる?」

「ありがとう」

「帰り道は、気を付けなよ」

「私は死んでも構わない」

「あまりそういう事を言わない方がいい」

分かってるよ。

まだ、本当に死ぬつもりはない。

目的を達成するまではね。

「新しい札を貰ったのかい?ちょいと私に見せておくれよ」

お寺からの帰り道。

いつものように住宅街を歩いていると、

また女性の霊と出会った。

「成仏したいの?」

「いや、まだ復讐が終わってないからね」

「その男の人はもう居ないんでしょ?」

「どうして分かるんだい?」

「女の勘」

この人の服装や人相を見れば、誰でも察しがつく。

明らかに、昭和初期の頃のもの。

ビルの話も多分嘘。

でなきゃ、こんな穏やかな表情は出来ない。

恐らく、失恋からの自殺だろう。

「それで、嬢ちゃんの隣にいる子は?」

「お姉さんにも見えるの?」

「影を見るに、明らかにこの世の者ではない」

「この世の者ではないって、私を化け物みたいに言わないでよ」

相変わらず五月蝿いし、鬱陶しい。

というかこの人、私の幻覚じゃないの?

それとも、このお姉さんも私の脳が作り出した存在とか?

「これ、成仏したい時に使って」

とりあえず、お姉さんに一枚の除霊札を渡す。

「相変わらず、優しいんだね」

「そんな事はない」

「どうして?」

「私は、あなた達が思っているほど優しい人間じゃない」

「まーたそんな事言って、そんなにカッコつけなくてもいいよ」

別に、カッコつけている訳じゃないよ。

本当の事だもの。

「ところで、黒い影を見なかったかい?」

「化け物?」

「いや、なんでもないんだ」

お姉さんは、何かよからぬ事を隠している様な、

わざとらしい表情を私に見せた。

「見たよ、その化け物」

私はまた、嘘をつく。

「え?何処でだい!?」

「やっぱり私に何か隠してるんだ」

「それは、その…」

「私なら大丈夫、ちゃんと札もあるし」

「でも気を付けなよ、彼には感情がない、

もしも遭遇してしまったら直ぐに逃げること」

感情がないのは私も同じ。

何が来たところで、私をどうしたところで、

私にとってはどうでもいい。

…………………………

夢を見た。

それは、とても不思議な夢だった。

私だけしかいない、静かな場所。

眩しい光が、天井から黒い空間に降り注ぐ。

そんな空間に、黒く巨大な化け物が現れる。

大きな目が身体中にいくつもあって、

薄透明で口はない。

その巨大な化け物は、お姉さんが言っていた姿そのものだった。

当たり前だが、除霊の札もない。

私は逃げる間もなく、その巨大な化け物の中に取り込まれていった。

音もない、光を遮る真っ暗な空間。

下へ、下へと沈んでゆく。

走馬灯。

今までの事が嫌なことも含めて光の玉に映し出される。

それがいくつも天からゆっくりと降り注ぐ。

そして、辿り着いた先。

そこに彼女は立っていた。

なんて言っていたのかは、覚えていない。

けど、確かに彼女は笑っていた。

私も笑った。

そしたら、彼女は光となり消えていった。

朝目覚めると、幽霊達が消えていた。

いや、消えたのではない。

初めから存在していなかった。

私の見えていたもの、会話していた人達。

全部、全部、嘘だった。

私の中で描いた幻覚に過ぎなかった。

全ては妄想に過ぎなかったのだ。

私は…本当は、幽霊なんて見えていなかった。

孤独に耐えかねた自分が無意識のうちに生み出したもの。

それが、私の言う幽霊。

あーあ、もう目が覚めちゃったのか。

つまらないな。

そして、今日も誰も居ない日々が始まる。

幼い少女の独り言。

周りから見えていた私という子供は。

ただ独り言をよく言う、おかしな少女に過ぎなかった。



第二章:


高校二年の春、私は密かに恋をした。

片思いではあるけれど、彼と一緒にいる時間が、

何よりも尊いものだった。

彼の名前は、鳴矢 零(なるや れい)。

成績優秀で、クラス一の人気者だ。

彼は、こんな私に対しても優しいから、

時折、自分に気があるのでは?と、勘違いしてしまう。

勿論、彼にとって私はただのクラスメイトでしかない事くらい分かっている。

それでも、彼を傍で感じられる事がとても嬉しかった。

これは、顔や性格の問題ではない。

一緒にいて、ここまで楽しいと思える異性は人生で初めてだった。

毎日のように彼の事ばかり考えているし、授業中でも気づいたら目で追っているくらいには、好きという自覚はあった。

自覚しているからこそ苦しいし、胸の奥がザワザワと騒ぎ立てていて、得体の知れないものが喉につっかえているような感覚に襲われる。

それは多分、叶わないと分かっているから。

恋は盲目とはよく言ったもんだ。

ああ、恋煩いなんて無駄に疲弊してただ面倒なだけなのに。

「黒澤さん、どうしたの?」

放課後の教室で一人、読書をしていると、

教室のドアがゆっくりと開かれた。

読みかけの文庫本を閉じ、

扉に目をやると、そこには部活終わりの零くんがいた。

零くんは、教室に入ってくるやいなや、万遍の笑みで私のところに駆け寄って来た。

私は、

何も答える事ができずに、氷のように固まりながら、彼の顔をまじまじと見た。

おそらく、私は赤面していたと思う。

「よかったら、一緒に帰ろ」

彼は一瞬キョトンとしたが、

すぐにいつも通りの笑顔で言った。

……………………………………

自宅の玄関を開けてただいまを言うが、

いつも通り、誰からの返事も貰えなかった。

仕方がないので、そのまま自室に向かう事にした。

部屋に入って直ぐ、勉強机に置きっぱなしにしている愛用のノートPCの電源を入れ、

最近話題の音楽サイトをブラウザで開く。

鍵を閉め、ヘッドホンを被れば、

もうそこは、私にしか許されない私だけの世界だ。

私は、狂気に満ちた心地のいい音色が好きだった。

だから、ヘッドホンから発せられる無意味を、

夢中になって聴いていた。

耳障りのいい言葉だけを信じて生きれば幸せなままでいられるのか?

親だって完璧ではないとちゃんと理解しないと、

いつまで経っても許せないじゃないか

大人になれば分かると大人達はよく言うが、

私も、大人になる頃には、

本当の意味で彼らの言葉が分かるのかもしれない。

私は時折、魔法が使えたらいいなと思う。

大好きなファンタジー小説の話に出てくる数々の魔法で色んな事をしてみたい。

例えば、空を飛ぶとか、身を隠して立ち入り禁止の地下室を探検したりとか、

或いは、強敵と戦って世界を救ったりなんかして…

そんな妄想も、これで何度目だろうか?

私は、曲を聴きながら机の引き出しから紅いカバーのノートを取り出した。

私は、このノートを”創作ノート”と呼んでいて、

キャラ設定、小物設定、世界観、あらすじ、セリフ集など、

小説のアイデアを思いつく限りここに書き留めていた。

今日は、私の理想像を書いてみよう。

今まで色んな理想像を考えてきたが、

その中でも、アルト(コードネーム:ペイン)と、

メイデン(コードネーム:プリズム)は特に私のお気に入りだ。

アルトは、私にとって痛みを受け止めてくれる存在。

誰にでも優しく、正義感が人一倍強い金髪の青年だ。

彼の親族でさえ、彼が憤っている姿を見たことがない。

メイデンは、アルトの次に生んだ金髪の聖女で、

いつも私を温かい光で包み込んで癒してくれる。

イデア教の創設者で、聖カタロニア教会ユリウス集会所でシスターとして活動している。

彼女はピアノがとても上手く、集会所に集まった人々に美しい音色を聞かせている。

私にとっては、母親のような存在だ。

そんな二人を、私は心から愛していた。

物語には悪役が必要だ。

真の悪ではなく、悪役が必要だ。

彼女の名前は、リリス(コードネーム:イブルス)。

女帝リリスとしてアルトたちと敵対する存在。

私にとって彼女は、本音そのものだ。

彼女は、私の代弁者として痛みを叫び続ける。

いつか、その痛みが報われると信じて。

最後は、私の分身が欲しい。

名前は、“アルテミシア・α・ペルセウス”。

アルトリア王国の女王で、この物語の女主人公だ。

妄想の世界に浸っているうちに朝が来た。

私は、いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。

私は、創作ノートを引き出しに仕舞い、

シャワーも浴びずに学校の制服に着替え、

スクールバッグを持って家を出た。

学校に着くと、いつも通り同級生数人に囲まれて嫌がらせを受けた。

教室に入るやいなや、男子に肩を突き飛ばされ、

繰り返し罵倒された。

私の席の机上には、隣の席の女子が付けたカッターナイフの切り跡があった。

みんな、私を見てクスクスと笑った。

蛇たちも、口角を上げて笑っていた。

自分の理解できないものをすぐに悪だと決めつけるのは、自分の中だけの正しさを振り回すのは、

もう辞めませんか?

彼らにそう言いたかったが、

口を開いた途端に担任が入って来たので、

私は何も言い返せなかった。

“幼い少女は知っている。

世界が詭弁で満ちていること。

間違いを認めるのは簡単じゃないこと。

何処の誰だって悪になれること。

くだらない誰かの正義が、

真っ赤な炎へと変わっていく。

ありふれた世界の常識が、

音を立てて崩れ落ちていく。

ここは誰の為の景色だ?

答えてくれよ神様”

私は、心のドアをノックする。

そこには、幼い私が住んでいる。

インナーチャイルドは便利な言葉だ。

自分を許すための便利な言葉だ。

自分を励ますための言葉だ。

心が壊れないように、

自分を見失わないようにする為の言葉だ。

内なる子供というのは、

大人になってから心の奥深くに沈めた本当の気持ちの事だ。

それを自分以外に否定されてたまるか。

……………………

彼の訃報を知ったのは、高校二年の初秋だった。

死因は、不慮の事故だった。

横断歩道でトラックに轢かれそうになった少年を彼が助けたのだ。

彼は、最後まで優しい人だった。

私の好きな彼だった。

私は、そんな彼に救われた。

彼の知らない所で勝手に救われた。

救われるには彼の存在が必要だった。

ずっと死にたかったけど、

大切な人ができてしまったから、

大切な人がいなくなるまで生きようと思った。

けど、私は彼を失った。

無慈悲なあの人に彼を奪われた。

生きる理由がなくなった。

これ以上、生きる必要は無いと思った。

そろそろ潮時だ。

私のお腹の中には命がある。

私よりも尊くて、愛おしい命がある。

名前も、もう決めてある。

“さつき”。

“真夜中に咲く月”と書いて、“咲月”。

綺麗な名前だ。

私よりも綺麗だ。

咲月を生んだのは、冬に入る直前で、

かなり早い出産だった。

父親が誰なのかは分からない。

私は、あまりにも穢れすぎてしまったから。

私は、蛇に唆されて堕ちた罪人だ。

言い訳できないくらい無責任なクズ親だ。

それでも、この子を愛してる。

放課後、生まれたばかりの赤子を抱いて、

学校の屋上へ向かった。

空気が苦く、胸の奥がとても痛い。

幸福なのに分からない。

綺麗なものが許せなくなる。

歪な支配に犯されてゆく。

許せたものも許せなくなる。

嫌いなものが増えてゆく。

壊れた頭が怖くなる。

気づいた時には戻れなくなる。

努力の割には対価が少ない。

言い訳を探す旅に出たはいいが、

ワガママに足りないと嘆くだけ。

赤子がミルク欲しさに泣いている。

母乳を与え、独り善がりの歌を聞かせた。

私とこの子だけが知っている子守唄。

「ねんねしな、ねんねしな、

愛しい私の子供たち… 」

毛布に包んで寝かしつけた我が子を、

そっと地面に置く。

大人も知らない世界を憎む顔で、

狂気に満ちた顔で、遠くの夕陽を睨んだ。

「ごめんね、さつき」

鉄格子をよじ登り、両手を大きく広げる。

「今から行くね、零くん」

それが、私の遺言だ。

二人だけに贈る最後の言葉だ。

最後くらいは、人生で一番の笑顔を。

目を背けたくなるくらい醜い人生だったけど、

私はここまで耐えたんだ。

生まれ方は選べなくても、

死に方くらい自分で選ぶよ。

世界よ、これが私の答えだ。

私は、穏やかな気持ちでゆっくりと目を閉じた。

………………………

結局、私の存在も貴女の為にあった。

これ以上貴女が傷つかないように、

私は仮想敵としての役割を担っていた。

貴女の痛みを受け止めるための防波堤だった。

だが、私の役目はここまでだ。

貴女は今までよく頑張った。

貴女はもう苦しまなくていい。

誰かの痛みを知る必要もない。

ここでは、飢えることもないでしょう。

だから、ここが終わる時まで満たされなさい。

ここにいる大人達から沢山愛されて貰いなさい。

これからは、残りの時間を笑って生きてほしい。

玲香、貴女の物語は終わったのよ。


END








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死神と黒猫(黒澤玲香の独り言) Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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