帰郷・オブ・ザ・デッド

第6話 幕間：おばちゃん

　商店の店主、川田富美子は、旦那を亡くしてから商店を一人で切り盛りしていた。地元で「スーパーのおばちゃん」として親しまれ、みんなに頼りにされていた彼女だったが、パンデミックの始まりがその平和な日々を一変させた。ゾンビの群れが商店に押し寄せ、客たちは恐怖に怯えた。富美子はすぐに行動し、店にいた数十人の客や、パートの女性である水野彩香、品出し担当の本田徹と共に、店の倉庫へと避難した。

　富美子は全員を倉庫に押し込み、扉を鎖と南京錠で閉めると、最後に自分も裏口から倉庫に逃げ込んだ。

　ゾンビの恐怖から逃れ、倉庫の中に身を潜めて二日が経った。

　その日の昼下がり、富美子は倉庫の二階から外を確認すると、山添涼介たちが近くを歩いているのを見つけた。彼らは廃工場で避難者を匿っていると言い、富美子たちを誘った。

「なんだ、生きてたのかおばちゃん！俺らがたまり場にしてた工場にみんなで避難してるんだ！来ないか？ここは危険だぞ！」

　しかし富美子はそれを断った。

「ジジババ共で出歩くのは危な過ぎるよ！水や食料はたんまりある！ここで騒動が収まるのを待つ方が安全だ！」

　山添は困った顔をしたが、「何かあったらいつでも来い」と言い残して去っていった。

「飯が欲しくなったら言いな！10倍価格で売ってやるよ！！」

　去っていく彼らの背中に向かって叫び富美子は微笑んだ。

「ゴロツキどもが…少しはまともになったじゃないか」

　ある日の朝、首に大ケガを負った近所の老人が助けを求めて倉庫に来た。富美子は裏口から老人を倉庫に入れ、手当てをしたが、残念な事に老人の容態は悪化し、

　昼前に息を引き取った。富美子は知人の死に悲しみに暮れたが、その悲しみを忘れる様に従業員と共に在庫を棚卸し、危険な個所を再確認していた。

　その日の夕方、倉庫の奥から突然叫び声が響いた。急いで駆け付けると、ゾンビに転化した老人が数人の客を襲っており、すでに複数の人が感染していた。混乱が広がる中、富美子も襲われそうになるが、本田が身を挺して彼女を庇い、ゾンビのうねりの中に消えていった。その際に押された形で富美子は倉庫の壁に取り付けられていた金具で腕を大きく負傷した。

　それでも、富美子は腕を押さえ立ち上がり、パートの水野彩香を連れて裏口へ向かった。

「早く逃げろ、ゴロツキ共の工場に行くんだ！」

　と叫んで、富美子は裏口を閉めた。

　パートの水野彩香を送り出した後、富美子は倉庫の裏口を塞ぐようにして座り込み。

「父ちゃん…」

　と呟いた後意識を失った。富美子の腕からはおびただしい量の血が流れていた。

　水野彩香は突然の出来事に茫然自失となりながらも廃工場を目指して歩いていた。その道のりの途中、山添たち物資収集チームと遭遇した。

「私、倉庫の2階で水とか衛生用品の在庫を数えてたんです。そしたら急にしたが騒がしくなって…見に行ったらもうみんな血まみれで…」

　彼女は山添に縋りつくように「富美子を助けてほしい」と訴えた。

　山添は水野の肩を抱え、彼女の目を見つめて言った。

「分かった。おばちゃんは俺たちが助ける。お前はどうする？工場に行くか？」

　水野は首を横に振り、自分はすぐに倉庫に戻りたいと口にした。

　青白い顔をした水野はよろよろと商店に向かって歩いて行ったが、すぐに膝から崩れ落ちた。

　それを見た木崎がただその様子を見ているだけの山添に食って掛かった

「おい！なんで助けねぇ！あの娘を放って置くのかよ！倉庫には俺も行く！」

　と、木崎がバイクを降りようとしたが、山添がそれを制止した。

「よく見ろ、あの子…首を噛まれてる…。おばちゃん…店のもんの代金はあの世で合えたら10倍で払うよ…」

　そう言って涙で滲む視界を指で拭った。

　そして明瞭になった山添の視界の先には、生気のない目でゆっくり立ち上がる水野綾香の姿があった。

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　川田富美子（かわだ ふみこ）

　年齢: 58歳

　職業: 商店主

　性格: しっかり者で面倒見が良い、優しく強い女性。頼られることに生きがいを感じており、常に冷静に周囲を見守っているが、自分のことを後回しにしがち。家族を失った悲しみを乗り越え、商店を一人で切り盛りしていた。

　背景: 夫の死後、商店を引き継ぎ、地域の人々に親しまれてきた。パンデミックが発生したときも、最後まで店を守り抜こうとしたが、運命に逆らうことはできなかった。

　水野彩香（みずの あやか）

　年齢: 28歳

　職業: 商店のパート従業員

　性格: 明るく真面目で、責任感が強い。日々の仕事に対して前向きに取り組んでおり、周囲からの信頼も厚い。困難な状況でも冷静に対応することができる。

　背景: パンデミック前は商店でパートとして働きながら、家計を支えていた。富美子に信頼され、商店の業務を円滑に進めていたが、ゾンビの襲撃により逃げざるを得なくなる。

　本田徹（ほんだ とおる）

　年齢: 35歳

　職業: 商店の品出し担当

　性格: 物静かで几帳面、真面目に仕事をこなすタイプ。周囲の人々にはあまり目立たないが、実直な性格で、いざという時には行動力を発揮する。

　背景: 品出し担当として商店で働いており、富美子や他の従業員と共に店を支えていた。パンデミック発生後、富美子を守ろうと命をかけてゾンビに立ち向かい、その最期は英雄的だった。