第6話:牛丼の子

 悠介は、奈多の提案に従い、廃工場に放置されていた自動車の修理作業を手伝っていた。これまで機械の修理などに関する知識はなかったが、奈多の仲間たちが指示を出してくれるため、徐々に作業に慣れていった。修理の対象となる車両は様々だった。ボロボロになった軽トラックから、パンデミックのパニックで事故を起こしたものまで。修理さえすれば、まだ走れるそうなものばかりだった。


「これが動けば、新潟に帰れるぞ!」


 悠介は汗をぬぐいながら、軽トラックのタイヤをホイールから外していた。悠介はドラゴンズヒルライダースのメンバーから手ほどきを受け、

 簡単な作業のみの手伝だったが、これがまたかなりの重労働で、夏の暑さも相まって、日が沈む頃には腕が上がらない程に疲労していた。


 二日目の朝、瞬は廃工場の避難者たちと共にバリケードの修繕に取り掛かっていた。ゾンビの侵入を防ぐために、廃材や工具を駆使して補強作業を進める。瞬は、誰よりも熱心に手伝っており、その手際の良さに周囲は驚いていた。


「瞬、お前器用だな。バリケードの修理も上手いし、次は武器や防具を作るのを手伝ってくれないか?」


 バイカー仲間の一人が頼むと、瞬は笑顔で頷いた。作業をこなしていくうちに、彼は自分がここで少しでも役に立てることに喜びを感じ始めていた。そして、休憩時間には、瞬が持ち込んだノートパソコンで子供たちに動画を見せる場面もあった。


「ちょっと息抜きだ。今日は特別に俺の好きなVtuber、夕月リナの動画を見せてやるよ!」


 瞬は夕月リナのホラーゲーム実況を再生し、子供たちは画面に釘付けになった。リナがゲーム内の怪異に驚きながらも笑い飛ばす姿に、子供たちも自然と笑顔を取り戻していく。


「リナちゃん、すごく面白いね!怖がってるけど、全然諦めないんだね!」


「そうだろ?リナは、どんな時でも前向きで元気だから、俺も元気をもらってるんだ」


 瞬はちゃっかり推しの布教を行っていた。彼女のポジティブな言葉が、パンデミックという厳しい現実の中でも、瞬と子供たちに希望を与えていた。



「今のところは、集めた物資でなんとか暮らしていけているがこの人数だ、いつまで持つかは分からない。長期化すれば、いずれは物資不足になるだろう」


 ある日の作業中、奈多が幹部にそう話していた。周囲の状況も悪化する一方の様で、ラジオでは避難施設への避難指示が繰り返されているものの、具体的な情報はほとんどない。詳しい情勢が分からないまま、混乱だけが続いていた。


 そんな中、廃工場内での不穏な事件が発生した。3日目の夜、避難しているある家族の持ち物から、食料が盗まれたというのだ。この事件をきっかけに、工場内の雰囲気は一気にピリピリしたものへと変わってしまった。疑心暗鬼が広がり、誰が犯人なのかという問いが生存者たちの間を飛び交った。


「こんな時に他人の食料を盗むなんて最低だ!」


「泥棒とは一緒に暮らせない!犯人捜しをすべきだ!」


 住民の怒りは頂点に達していたが、犯人は意外にもすぐに見つかった。田中勝という中年男性だった。食べた食料の残骸を隠していたところを他の住人に発見されたのだ。彼は、パンデミック初期から廃工場に避難していた人物だが、口だけ達者で行動が伴わない性格が災いし、誰とも馴染んでいなかった。


「追放だ!この野郎をを外に放り出せ!」


 住民たちは口々にそう叫び、田中勝を追い出すよう要求した。しかし、奈多は冷静に住民たちをなだめた。


「彼を追放してどうする?こんな状況で彼を追い出せば死ぬのは目に見えているだろう。それが正しいのか?いつかこの騒ぎが収まった後、後世に自分たちの行いを堂々と話せるか?」


 奈多の言葉に、一瞬住民たちは言葉を失った。確かに、パンデミックの中、外に放り出されることは死を意味する。それでも盗みを許せないという感情が強かったが、最終的に奈多の提案で事態は収まった。田中勝は、物資収集チームとして、危険な作業に従事することで罪を償うことになった。


「……くそ…偽善者どもがよ……」


 田中勝は小声で文句を言いながらも、その決定に従うしかなかった。



 4日目の夕方、咲良は避難者たちのために夕飯を準備していた。悠介から教わった牛丼のレシピを思い出しながら、調味料の分量や火加減に細心の注意を払う。パンデミックが始まって以来、牛丼を作る機会など無かったが、手元にある食材で何とか再現できそうだった。


「しばらく牛丼なんて食べてなかったなぁ…」


 避難者たちが漂う香りに顔をほころばせ、食卓に期待を膨らませる。できあがった牛丼を皆に振る舞うと、その味に避難者たちは驚きの声を上げた。


「これ、最高だよ!また"すき乃家"の牛丼を食えるなんて夢にも思わなかった!」


 悠介も一口食べると、満足げに笑って言った。


「咲良、もう俺が作るより美味いよ。完全再現だな!」


 その言葉に咲良は照れ笑いを浮かべる。そんな中、直樹や奈多が軽口を叩いた。


「お前にはもったいないな。咲良ちゃん、俺と付き合わない?」


 それに奈多が悪ノリで乗っかった。


「直樹より、大人の魅力満点の俺なんかどうだい?」


 咲良は真っ赤になりながら「もう、冗談はやめてよ!」と笑い飛ばしたが、牛丼のおかげで避難者たちの心が少しだけ温かくなった。



 6日目の昼過ぎ、物資収集チームは6名で商店の倉庫に向かっていた。そこには水や食料が手つかずのまま残されているという話を聞き、トラックを用意しての大規模な回収作戦だった。直樹もその一員として参加していた。鍵がかかっていた倉庫の扉を工具でこじ開けると、予想外の光景が広がっていた。倉庫の中には、数十体ものゾンビがさまよっていたのだ。


「こりゃあ厄介だな……」


 チームリーダーの山添涼介が眉をひそめた。これだけの数のゾンビを相手にするのはリスクが高い。そこで、チームは二つに分かれることにした。一つは、ゾンビを倉庫の裏口に誘導する「誘導チーム」。もう一つは、物資を運び出す「物資回収チーム」だ。直樹は誘導チームとして、もう一人と共に裏口でゾンビを騒がせ、彼らをおびき寄せる役割を担った。


 作戦は序盤、順調に進んでいた。ゾンビたちは裏口に集中し、物資回収チームは着実に水や衛生用品等の物資を運び出していた。しかし、問題が発生した。倉庫内に物資を回収していた最中、ゾンビの一体が物資に絡まって動けなくなっていた。それを見た田中勝が、突然大声で叫び、物資をゾンビに投げつけたのだ。


「くそっ、何やってんだ…」


 山添が怒りを露わにしながらゾンビを処理した。しかし、田中は怯えて物資を運ぶことを拒絶し、癇癪を起こしていた。


「初めからこんな作戦無理だったんだよ!馬鹿共が!」


 倒れているゾンビに石けんや消毒薬を投げつけ、騒ぎ立てる田中を山添が押さえつけ黙らせたが時すでに遅し、

 ゾンビたちは裏口から正面へ戻り始め、チームは半包囲されてしまった。


「クソ!お前ら、撤退だ!」


 山添は数体のゾンビを一度に相手しており手が離せない。サブリーダーの木崎に撤退を指示し、直樹ら呼び戻し車に乗り込むよう指示した。

 全員が倉庫外に出るのを見届けた山添はさらに近寄るゾンビに前蹴りを食らわせ吹き飛ばした。

 肩で荒い息をしている山添の手から鉄パイプがこぼれ落ちた。彼の両腕はライダースーツの上から噛み跡があり、何か所かから血が滲んでいた。


「おい!みんな乗ったぞ!お前も来い!」


 そう叫んだ木崎の方に振り替えると、苦笑いした後木崎の方に噛まれて血の滴る腕を見せた。


「奈多に伝えといてくれ!楽しかったってなぁ!!」


 そして、木崎の制止の言葉を聞かずに扉を閉めた。そして、左手で鉄パイプを持ち、ゾンビの群れに向かっていった。

 5体ぐらいは倒しただろうか、更に首元を噛まれ負傷した山添は足を引きずりながらもなんとか倉庫の裏口にたどり着いた。

 そこには、裏口を塞ぐようにもたれかかって死んでいる女性の遺体を見つけた。よく見知った顔だった。


「……ああ、あんたも俺と同じか……おばちゃん……」


 山添はそう呟くと、口からも大量出血をし、その場に崩れ落ちた。



 物資収集チームが戻ってきた時、廃工場内は緊張に包まれた。報告を受けた奈多は、酷く悲しそうな顔をした後、田中に鋭い視線を向けた。


「お前……」


 奈多の目に映る怒りは尋常ではなかった。田中は、その威圧感に押しつぶされそうになり、怯えた表情を見せた。しかし、それでも無茶な作戦だったと弁明を続けた。


「山添の作戦はどう考えても無謀だった、仕方ないじゃないか!」


 田中の言い訳に、憤怒の形相を見せつつも、大きなため息を吐き、そして静かに言い放った。


「田中…お前はバリケードの修繕作業をしろ。今後一切山添のことを口にするな。次は無いぞ。」


 奈多の静かな気迫に押され、田中は沈黙し渋々その指示に従った。



 8日目、悠介は約束していた自動車修理作業を終えた。修理を手伝った自動車は軽自動車だったが、走行に問題はなく、彼らの脱出手段として十分に役立つものだった。奈多からは、物資とともにその軽自動車が渡された。


「ありがとう、奈多さん……本当に助かった」


 悠介は深々と礼を述べた。廃工場の生存者たちも、彼らとの別れを惜しんでいた。

 特に咲良は避難民の間で「牛丼の子」として親しまれていたのでたくさんの人に群がられていた、

 それを見た奈多は苦笑しながらも悠介に急ぐよう促した。


「行くなら急げよ。状況がどんどん変わっていく。ぐずぐずしていると手遅れになるぞ」


 その言葉に、悠介はさらに決意を固めた。新潟県出身の鈴木一家も同行を希望してきたが、軽自動車一台では全員を乗せることはできない。そこで、奈多の提案で90ccのバイクを一台追加で受け取ることになった。


「いつもなら3時間もあれば信越大橋に着くが、今はそんなに甘くはない。倍以上はかかると見ておけ。あと、これを持っていけ」


 奈多は鉄パイプやバット、1日分の食料、そしてガソリンの予備を渡した。これで何とか新潟までの道中を凌げるだろう。


 出発直前になって、田中勝が悠介に話しかけてきた。


「おい……頼む、俺も連れて行ってくれ。俺も新潟出身だ!実家に帰りたい。俺にだってその権利はあるはずだ!良いだろ?」


 悠介は困惑し、奈多に視線を送った。奈多は一瞬考え込み、田中の顔を見た。

 顔には殴られた様な跡がいくつかあった。自分は我慢したが、おそらく何人かのバイカー仲間に影で殴られたんだろう。

 視線を逸らす仲間達に対して窘める様な視線を送ると、仕方ないと言った様子で田中に言った。


「いいだろう。ただし、こいつらに迷惑をかけるな、余計なことは一切するな。分かったな?」


 田中はその言葉にうなずき、同行を許された。


 軽自動車には悠介と咲良、鈴木一家、田中勝が乗り込み、バイクには直樹と瞬が乗り込んだ。

 こうして、悠介たちは新潟への旅路に向かって出発した。


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 山添涼介(やまぞえ りょうすけ)

 年齢: 45歳

 職業: 土建屋

 性格: 責任感が強く、職人気質で寡黙なリーダー。現場での判断力と実行力に優れ、冷静に状況を把握しながらチームを指導する。厳しい一面もあるが、仲間の安全を第一に考え、困っている者を放っておけない優しさを持つ。表には出さないが、情に厚い。


 木崎優(きざき ゆう)

 年齢: 45歳

 職業: 美容師

 性格: 明るく気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける社交的な性格。面倒見が良く、仲間たちに常に気を配るムードメーカー的存在。落ち着きがあり、周囲がパニックに陥っても、冷静に対処できる。仲間を元気づけるための冗談や軽口が得意だが、緊急時には責任感を持ち、的確な判断を下すことができる。

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