第2話:新たな危機

 日が昇りはじめる頃、佐藤悠介と三浦咲良はようやく八王子の近辺にたどり着いた。二人は、世田谷からの道のりを10時間以上もかけて歩き続けていた。途中で見つけた自転車は、途中で割れたガラスを踏んでパンクしてしまい、仕方なく道端に捨ててきた。その代わりに、限りなく小さな希望だけを胸に、疲れ切った足でひたすら進んでいた。


 空はすでに朝焼けに染まり、周囲には人の気配はほとんどない。あれほど賑わっていた東京の街並みが、まるでゴーストタウンのように静まり返っているのが、何とも不気味だった。


「悠介……どこまで行くつもり……?」


 咲良が疲れ果てた声で問いかける。彼女の顔は青白く、歩く足もふらついていた。飲み物も底をつき、体力は限界に達している。


「もう少しだ……。この辺りなら、少しは安全な場所が見つかるかもしれない」


 悠介自身も、その言葉を信じているわけではなかった。八王子が安全だという確信はどこにもない。ただ、前に進むことだけが彼らに残された唯一の選択肢だった。


 しかし、そんな希望も、すぐに打ち砕かれることになる。二人が曲がり角に差し掛かった瞬間、路地裏から一人の青年が半グレたちに囲まれている光景が目に飛び込んできた。20代前半と見える痩せた青年だった。半グレたちは、彼の背負っているリュックを無理やり奪い取ろうとしていた。


「頼む……やめてくれ……!」


 青年は懸命に訴えるが、半グレらしき男が彼の胸ぐらを掴み、冷笑を浮かべながら言い放った。


「やめろだぁ?てめぇみたいなカスは俺らに食われる運命なんだよ!」


 その男の背後には、さらに数人の仲間が控えていた。暴力に染まった目つき、鉄パイプやナイフを手にした彼らは、まさにこの混乱の中で生きるために手段を選ばない暴徒の一味だった。


 悠介はとっさに咲良の手を強く握りしめた。


「……こんな時に争っている場合かよ…」


 咲良は怯えた表情を見せたが、悠介の決意が固いことを理解したのか、無言で頷いた。悠介は青年のもとに歩み寄り、意を決して声を上げた。


「や、やめろよ!こんなことしてる場合じゃないだろ!!」


 その言葉に半グレたちは一斉に振り返り、悠介を嘲笑するかのような視線を向けた。


「なんだぁ?お前もこいつの仲間かぁ?」


 悠介はその場で立ち止まったが、恐怖で足がすくむ。しかし、青年の目が彼を見つめ、助けを求めるように揺れているのを見て、悠介は一歩前に踏み出した。


「俺たちは関係ない…なんだか分かんないけど、今は争ってる場合じゃ…」


 その瞬間、先頭の男がにやりと笑ったかと思うと、鉄パイプを振りかざして悠介の腹に叩きつけた。


「ぐっ……!」


 悠介は衝撃で膝から崩れ落ち、痛みに顔を歪めた。呼吸が乱れ、意識がぼやける。それでも必死に立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。その様子に咲良も小さく悲鳴を上げた。


「お前、俺に命令してんのか?なぁ?」


 リーダーは悠介の頬を軽く蹴り上げ、さらに追い打ちをかけるように笑った。その視線がふと、後ろにいた咲良に向けられる。彼女の存在に気づいた半グレの男たちは、徐々にその口元に不気味な笑みを浮かべ始めた。


「……その女、いいな。おい、連れてこい」


 咲良の顔が青ざめた。悠介もそれに気づき、力を振り絞って立ち上がろうとするが、身体が動かない。


「やめろ……!咲良には、触れるな……!」


 だが、半グレたちはそんな悠介の声を無視し、咲良に近づき始めた。咲良が恐怖に駆られた声で悲鳴を上げた瞬間、空気が一変した。


「……ダセェことしてんじゃねーよ!」


 低く威圧的な声が響いたかと思うと、半グレの男がいきなり何者かに殴り飛ばされ、地面に倒れ込んだ。驚いた仲間たちが振り向くと、そこには腕にトライバルの入れ墨が入った屈強な男が立っていた。金の短髪の男は一歩前に出ると、暴徒たちが後ずさりした。


「……おまえ、直樹!?」


 半グレの仲間たちは一瞬怯んだが、すぐに襲いかかろうとする。しかし、直樹は軽々とその攻撃をかわし、反撃を加えていく。数発のパンチで次々と半グレたちは倒れ込んだ。


「クズ共が!とっとと消えろ!!」


 倒れた男がようやく体勢を立て直そうとしたが、その瞬間、周囲に低いうめき声が響き始めた。さっきまで静まり返っていた街の一角が、突如として異常な音と雰囲気に包まれた。


「……この声は……」


 咲良が怯えたように辺りを見渡す。悠介も不安を覚え、直樹が眉をひそめた。


「くそっ……騒ぎすぎたせいで“奴ら”が来ちまった」


 その時、通りの奥から数体のぎこちない動きの異形の存在が、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。まだはっきりとは確認できないが、その異様な雰囲気に見覚えのある二人は動揺を隠せない。直樹が悠介たちに向かって叫んだ。


「ここを出るぞ!ついてこい!」


 その声に咲良を支えながら、悠介は必死に直樹の後を追った。半グレに襲われていた青年もまた、彼らに続いて全力で逃げ出す。へたり込んでいた半グレたちもその異常な状況に気づき逃走していった。"何か"がこの世界を一変させてしまった。それを感じながら、悠介たちは必死に廃墟となったビルの中へと逃げ込んだ。


 廃墟にたどり着いた一行は、しばらくの間、息を整えるために部屋の隅で身を潜めていた。ビルの外からは、不気味なうめき声が途切れることなく響いてくる。

 入り込んだ建物について、直樹は良く知っている様だった。そして、外の化け物はドアを開ける事が出来ないらしく、この堅固な廃墟は隠れ家にはうってつけだった。


「あいつら…人間だよな?」


 悠介がそう呟くと、直樹が肩をすくめた。


「まだはっきりとはわからねぇがよ…死んだ人間が次々生き返りやがった…ゾンビみてえだよな?」


 直樹がスマホでSNSを確認していた。画面にはあらゆるところで発生しているパンデミックの惨状が映し出されている。

 中には、ゾンビをバットで倒して喜ぶ暴徒のモノや、女性のゾンビを捕まえて弄ぶと言う悪趣味なものまであった。


「まだネットが止まってねえのが救いだよな…電気もまだ通ってるから、スマホも充電できるぜ」


 悠介は直樹の言葉にうなずくと、メッセンジャーで知り合いに連絡を試みていた。

 咲良は家を脱出する際にスマホを持っていけなかったため、家族に連絡が取れない事を心配そうにしていた。

 悠介が代わりに咲良の実家に電話をかけてみたが、回線が込み合っておりつながらなかった。

 悠介も家族にメッセージを送っているが、まだ既読は付いていない。サーバーが不安定なのかもしれないと考えていた。


 有益な情報を得る事が出来ないまま悠介たちは悶々とした時間を過ごしていた。時々外で聞こえる叫び声や化け物の呻き声におびえながら、彼らは今後の行動を考え始める。

 既に日が傾き始める時間となっており、悠介と咲良はだんだんと不安が募って来ていた。そのとき、土地勘のある直樹がどこからか飲み物を調達してきた。


「ほら、飲み物はちょっと手に入った。好きなの飲んでくれ。ただ、近くのスーパーは化け物だらけで食料は手に入らなかった…すまん」


 と済まなそうにぼやいた。その声に反応した小柄の男が背負っていたリュックを開き、缶詰やお菓子を取り出す。


「あ…あの…僕は田崎瞬。さっきは助けてくれてありがとう。こ…これ……みんなで分けて食べよう」


 今日は飯抜きだと覚悟していた3人の救世主は、人慣れのしていないオドオドし青年だった。そのギャップに笑顔は顔がわずかに綻ぶ、そして缶詰を一つ手に取り咲良が微笑んで答えた。


「あ、ありがとう、田崎さん。私、三浦咲良。よろしくね。」


 こうして、4人は食料を分け合いながら軽く雑談をし、そして各々眠りに着いた。



 翌朝、外は静かだった。悠介は夜が明けると同時に提案を持ちかけた。


「このまま東京に留まるのは危険だ。もっと人が少ない地域へ移動しようと思うんだが…どうだろう?」


 金髪のいかつい男、伊藤直樹は腕を組んでしばらく考えていたが、やがて頷いた。


「……確かにそうだな。ここにいてもいつかジリ貧になるのは目に見えてる」


 瞬も同意し、咲良も小さく頷く。


「じゃあ、まずは青梅市を目指そう。そこなら、少しは安全な場所が見つかるかもしれない」


 悠介の提案に、全員が頷いた。彼らは早朝の静かな街を抜け出し、八王子から青梅に向かって歩き出した。四人の足音だけが響く中、通りには散乱した車両や割れた窓ガラスが目に入る。街は完全に崩壊し、生存者の姿はどこにも無い。


「おい、瞬。さっきから何してんだ?」


 早朝からずっとPCで何かをしている瞬に直樹が声をかけた。


「え…あ…あの、情報収集と…推しの動画保存」


 なんだか照れくさそうに話す瞬の見つめるPCの画面を覗くと、壁紙には可愛い女の子のイラストがデカデカと貼られていた。

 確かVtuberの「夕月リナ」だったか、悠介自身は詳しくなかったが、大学の友人がファンだった。


「今回の騒ぎで東京は大混乱みたい。信じられない話だと思うんだけど、ゲームの"パンデミック・ハザード"あるじゃない?あれと同じでさ、噛まれた人間はウィルスか何かで死後生き返って"ゾンビ"になるってさ。手に入れられた情報はそこまでで、僕のWIFIの接続が不安定だから、今後推しの動画が見れなくなるかも…と考えて今のうちにPCに保存してたんだ」

 ※『パンデミック・ハザード』は1990年代にヒットしたゲームで、ある宗教の伝承上の存在である蘇る死体である"ゾンビ"を敵キャラとして登場させたものである。


 悠介がスマホを見ると画面には「圏外」の文字。

 昨日の夜に少し見た時はまだ電波はあったが、いつの間にか不通となっていた。瞬のWifiが繋がってるのはプロバイダが違うからだろうか。


「こりゃエグいな…瞬!もうやめとけ、危険だ」


 直樹が低く呟いた。遠目にいわゆるゾンビ達が複数歩いているのが見える。こちらに気づいた数体がのそのそと向かってきている。瞬もPCをカバンにしまい込み、慎重に歩みを進める。太陽はまだ昇り切っておらず、薄暗い空に不穏な雰囲気が漂っていた。


「何が起こるかわからない…静かに行こう」


 悠介が前を歩きながら、ふと後ろを振り返る。咲良は疲れ切った表情を浮かべながらも、なんとか歩き続けていた。瞬は小声で何かを呟きながら、一歩一歩慎重に進んでいる。


「出来るだけ人が少ない所に行けば、あいつらに襲われていない生存者がいるはず…車に乗せて貰えれば…」


 悠介の提案を望みを託し、ひたすら前へ進み続けた。道中、遠くで鳴り響くサイレンの音や、かすかなうめき声が時折聞こえるが、それが何の音かはわからない。ただ、進むべき道は明確だった。廃墟となった家屋や店舗の間を抜け、やがて広がる自然に包まれた道を目指して彼らは歩を進める。


 途中より景色が徐々に田舎の様相に変わり始めた。市街地の荒廃とは異なり、付近の林は静寂の中に包まれており、少しの安堵をもたらしてくれた。


「おい、正面から一匹来たぞ」


 直樹が警戒を促しつつ、手近に落ちてた大きな石をゾンビの頭にグシャリと叩きつけ沈黙させる。そしてまた一行は静かに前進を続けた。


 ----- 人物メモ -----


 伊藤直樹(いとうなおき)

 年齢: 25歳

 職業: 建設作業員

 性格: 豪快で荒々しいが、正義感が強く仲間を見捨てない性格。喧嘩は強いが、弱者や困っている人を助けることにためらいがない。表面上は冷静に見えるが、内心は熱く情に厚い面もある。


 田崎瞬(たざきしゅん)

 年齢: 24歳

 職業: フリーター

 性格: 気弱で臆病だが、根は優しく正直者。人と衝突することを避ける傾向があり、頼られることに慣れていないため、いつも他人の陰に隠れがち。しかし、緊迫した状況では意外な行動力を発揮することもある。自己犠牲の精神があり、周囲の安全を優先して行動することが多い。


 田崎瞬が好きなVtuber

 Vtuber名: 夕月リナ(ゆづきリナ)

 年齢(キャラクター設定): 19歳

 職業: 魔法学院の学生(見習い魔法使い)

 外見: 金髪のツインテールで、紫の魔法使い風のローブを纏っている。瞳は明るい紫色で、いつも笑顔を絶やさない。

 性格: 明るく元気で、リスナーに対してとてもフレンドリー。失敗してもすぐに立ち直るポジティブな性格が特徴で、困難に直面したときでも「諦めない」ことをリスナーに伝えるのがモットー。

 配信内容: ゲーム実況、雑談、歌ってみた。特にホラーゲームの実況で人気があり、恐怖に怯えながらも笑い飛ばす姿が視聴者に支持されている。Vtuber界隈では「元気系ホラー実況者」として知られている。

 ※「リナファイヤー!」の掛け声と共に敵を倒すことが多い

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