第1話 幕間:牛丼屋
佐藤悠介がバイトを上がって店を出てから、静けさが戻った店内。店長の吉沢圭一はカウンター越しに腕を組み、じっと次のバイトが来るのを待っていた。吉沢は43歳。長年この牛丼屋で働いてきたが、今日は特に疲れがたまっているのを感じていた。
「まったく、次のシフトの奴、いつまで待たせるんだ……」
時計を見ると、すでに10分以上遅れている。時間に厳しい吉沢にとって、この遅刻は我慢ならない。いらだちが募る中、店の自動ドアが開く音がした。
「やっと来たか……!」
そう思い顔を上げたが、入ってきたのは、腕を押さえて顔色が悪い橋本亜衣だった。20代半ば、明るい性格でお客さんにもバイト仲間にも人気がある彼女だったが、今日はその様子が全く違っていた。
「すみません、遅れました……。外でちょっと……」
彼女が腕を押さえているのを見て、吉沢はすぐに異変に気づいた。赤い液体がポタポタと床に落ちている。
「うわ!どうしたそれ!?大丈夫か?結構やってるな……」
彼はすぐに橋本をバックヤードに連れて行き、応急処置をすることにした。消毒液とガーゼを取り出し、手早く彼女の傷に当てながら、軽く息を吐いた。
「とりあえず止血できそうだな……。それにしても、どこでこんな怪我したんだ?」
橋本は疲れ切った表情で俯き、か細い声で答えた。
「知らないおばあさんにいきなり噛まれちゃって……」
吉沢はその言葉に首を傾げたが、それを詮索している暇はない。店長という立場上、店を仕切る責務があため、治療は彼女自身に任せ、店に戻る事にした。
「無理はするなよ。今日は店は暇だから、体調悪い様だったら帰れ」
橋本は弱々しく頷いたが、体の震えが止まらないようだった。吉沢は心配しつつも、仕方なくカウンターに戻る。
その時、店の自動ドアが再び開いた。
「いらっしゃいませー、お好きなお席にどうぞー」
吉沢はいつものように声をかけたが、入ってきたのはどこか様子がおかしい男だった。青白い顔、虚ろな目、何かに取り憑かれたような動きで店内を歩き回っている。
「……大丈夫…ですか?」
そう言った瞬間、その男が突然、近くの客に飛びかかった。噛みつき、肉を引き裂く音が店内に響く。悲鳴が上がり、店内は一気に恐慌状態に陥った。
「ちょ!な、何やってんだ!?やめろ!」
吉沢は叫んだが、男は止まらない。店内はパニックに陥り、客たちは逃げ惑いながら出口へ殺到した。
「くそっ……!」
吉沢はバックヤードに逃げ込み、扉を閉めて鍵をかけた。外ではまだ悲鳴が続き、何かが破壊される音が聞こえてくる。心臓がドクドクと胸を叩き、汗が頬を伝う。しばらくしてようやく、外の音が静かになった。
「け、警察に電話を……」
そう呟きながら電話をかけようとするが、後ろから肩を引っ張られ上手く番号が押せない。
「橋本…やめろって…警察に電話しないと…」
電話に手間取っていると、今度は背中に頭をこすりつけられている。
「橋本…やめろって、おまえ俺の事好きだった…の…」
彼はそう呟きながら若干の期待を込めつつ振り返るとそこには、青白い顔で立ち尽くす橋本がいた。先ほど応急処置をしたはずの腕は血に染まり、彼女の口元には、赤黒い液体が垂れていた。
「橋本?…お前……」
吉沢は後ずさるが、橋本の目はもう、先ほどの彼女のものではなかった。次の瞬間、彼女が吉沢に飛びかかり、叫び声がバックヤードに響き渡った。
----- 人物メモ -----
吉沢圭一(よしざわけいいち)
年齢: 43歳
職業: 牛丼屋の店長
性格: 時間に厳しく、少し短気だが、面倒見がよくバイトたちからの信頼は厚い。妻子はなく、独身で仕事一筋の日々を送っている。
橋本亜衣(はしもとあい)
年齢: 25歳
職業: 牛丼屋のアルバイトスタッフ
性格: 明るく社交的で、いつも笑顔を絶やさない。お客さんからの評判も良く、店内のムードメーカー的存在。
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