少女の夏は踊る

西村たとえ

第1話

 このてのひらの、なんという柔らかさ。

 学校の屋上の柵を乗り越えるには、どうしてもヒカリは私の、私はヒカリの手を借りるしかなくて、互いの肌をあわせることになった。

 ヒカリの手は私よりも小さいわけではないのに、私の手がヒカリの手を丸ごと飲み込んでしまいそうに思える。

 ヒカリのてのひらの、より熱いほうへと親指を這わせると、脈が小さく打っているところを見つけた。

 ここもヒカリの心臓だ。

 そう思って指先でつついてやると、「あはは」と小さく鳴った。すごい、てのひらにハムスターを飼っているみたいだ。

 わずかに吹いた風が、ヒカリの耳のそばに生えている軟い毛を散らす。ヒカリにとっての私もきっとそういうふうに見えたかもしれない。そう思って、自分の耳元に触れるが、想定よりもとげとげしい気がして、反射的に、一瞬で手を引いた。私にはない、彼女の柔さ、儚さ、脆さ、狡さ。

 屋上から校庭を眺めていると、昇降口の様子がよく見える。今は授業中。誰もそこにはいない。

 ただ紙屑だけが転がっていて、誰かの赤点が怒りによって丸められたんだろう。

 風はほとんど吹いていないけれど、何度かそれに弄ばれ、たった今紙屑が見えなくなった。こうして景色は真っ白。いつも、そんなくだらないことを考える。

 屋上から昇降口にかけて、ものすごく角度がついているから、どうしても自分のあごを引きすぎる具合になる。それが嫌で、私は遠くの貯水槽を見ながら、視線だけ昇降口へと落とす。

 ねぇ今、私の二重幅は最大だよ。

 ヒカリさぁ、見てくれないかな。今の私の目元。

 職員等の窓から人影が覗けた。横並びで均等に配置された窓、窓、窓、窓、窓に人が現れたり消えたりして、なんだか可笑しくなった。

 しかし、それも束の間、昇降口の階段から降りてくる人影は、私たちのことがはっきり見えるくらいに近づいてきている。

 私たちの担任の先生と最近やって来たばかりの若い副担任の先生だ。何やら談笑しながら肩を並べて歩いているが、こちらの様子はまだばれていない。

「やばっ」

「えっ、なにが?」

 二人の様子に気付いていないヒカリは私のほうを見た。

 どうしよう、こんなに下のほうばっかり見てさ、二重あごになってないかな、私。いや、そんなことを考えている場合じゃなくて。

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