第7話

「…こんな事ってありなのかよ」


携帯の液晶画面を見つめながら、中沢は表情を青ざめさせていた。そこには、ショートメールが表示されており、いつも通うバーにいるバーテンダーから送られてきた一通。それは、”服部慎一郎が中沢と話をしたがっている”という酷く単純な内容なのだが、それが中沢にとっては過酷な事になる事を何となく察していたからであった。


(一応首謀者俺って事になってるし…どうしたもんか)


そう、中沢がした事は決して許されることではない。それは彼自身よく分かっているつもりだし何よりその事実を知っている月瑛も納得してくれるはずだろう─と彼は考えていたのだが、しかし疑問が浮かぶ。なぜ、今になってバーへとあいつが足を踏み入れたのか…という事だ。


「まさか……あいつ俺に復讐しに来たんじゃねえだろうな」


中沢は無意識のうちにそう呟いていた。しかしすぐに首を横に振って否定する。服部がそんな事をするはずはない、きっと何か理由があるはずだと自分に言い聞かせたのだった─。


◆◆◆


「結局…来ちまった」


そう言いながら中沢は再び店内へと足を踏み入れた。そこは相変わらず薄暗くてどこか不気味な雰囲気が漂っているものの、何故か落ち着くような居心地の良さがあった。そしてカウンター席に座っている男を見て思わず息を飲む。そこにいたのは紛れもなく前に煽ってきた、眼鏡のあの男だったからだ。彼はこちらに気づくと、にんまりとあの気色の悪い笑みを浮かべながら言う。


「中沢ァ、腕の調子はどう?壁の殴りがいは、どうだった?」


煽る様にして聞いてくる服部に中沢は鋭い視線を向ける。


「そんな怒んなよ……俺だってお前に良い話持ってきたんだ」


そう言って、男はカウンターから身を乗り出すようにして話しかけてくる。その表情はどこか嬉しそう─いや、違う。彼の表情からは喜びなど微塵も感じられないのだ。むしろ憎しみや恨みが伝わってくるようだった。その様子はまるで獲物を見つけた獣のような目をしているようにも思える。


「…何だよ、それ」


中沢が尋ねると、彼は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。


「ん~ッと、お前を…ぶっ殺していいっていう、命令?」


「あ゛?」


そうして、眼鏡の男が手を掲げると一斉にして周りにいるざっと十名ほどが銃を取り出し、中沢へと銃口を向け始めた。


「!?な、何してんだよお前ッ!!馬鹿な真似すんじゃねえ!!」


中沢は慌てて叫ぶが、彼らはお構いなしといった様子で引き金に手をかける─その時だった。パンッと乾いた音が店内に響いたと同時に一斉に銃声が響き渡る。硝煙が立ち込める中、我に返ったかのように男達は慌てふためいた様子で店を出ていった。そして静まり返った店内には、二人だけになる。


「…どういうことか、説明しろ。」


「だ・か・ら!中沢、お前がさァ!あの”服部”って奴攻撃しちゃったおかげで、こちらの方に甚大な被害が起きてる訳。けじめだよけじめ、分かんない?」


眼鏡の男が唾を飛ばしながら、勢いよく吠える。しかし中沢はそんな男の様子に怯みもせず、ただ黙って聞いていた。そしてしばらく沈黙が続いた後、ようやく口を開く。


「それで?俺を殺すのか?」


そう問いかけると男はニヤリと笑って答えた。


「いや、殺さない殺さない」


「…はァ?」


予想外の答えに中沢は思わず素っ頓狂な声を上げてしまったがすぐに我に返り咳払いをする。そして改めて目の前の男を見た。相変わらず不気味な笑みを浮かべており何を考えているか分からないといった印象を受ける。


「これから、お前を全力でゆっくりと嬲るように苦しませてやるんだよ」


ババババババッ…と、男はどこからともなく取り出した高圧スタンガンを持つと中沢の腹部に当て、スイッチを入れた。


「ぐ……ッ!?」


バチバチッという音と共に全身に激痛が走り思わず呻き声をあげる中沢だったが、男は構わず何度も繰り返し高圧スタンガンを当て続ける。その度に身体が跳ね上がり、意識を失いそうになるものの何とか持ち堪えたのだった─しかしそれも長くは続かなかったようでついに限界を迎えてしまいその場に倒れ込む。その様子を見た男は満足そうに笑みを浮かべながら言った。


「あ~らら、もう終わり?つまんないなぁ。」


「ッ、クソ…!」


「金さえもらえりゃ何でもやる溝鼠だから、そりゃぁ弱くて当たり前よね。大好きなベレッタちゃんが無きゃ、なんも出来ませーん」


滑る様に中沢の腰についていたガンホルスターから、ベレッタM92を掠め取った男はそのまま、中沢の額へと銃口を向ける。そして中沢が何か言う前に引き金を引いてみせた。


男にニヤリと笑いながら撃ち込まれた二発の弾丸を間一髪で避け、必死に逃げようと身体を動かす中沢。しかしそんな抵抗も虚しく簡単に押さえつけられてしまい再び銃口を向けられる。今度は何発撃てば飽きるだろうかと考えているらしく楽しそうに目を細めながらトリガーに手をかけている姿を見ていると中沢は背筋がゾッとするほどの恐怖を感じた。


「一発で頭抜いちゃ楽しみが終わっちゃうよねぇ…ハハッ、こうしてみると大したことねえんだな中沢もよォ」


「……ッ」


「んじゃあ、まずは一発目だ。頭狙うのは、弾がもったいねぇし身体狙ったげるよ中沢ァ?」


そう言って引き金を引いた瞬間─パァン!!と乾いた音が響き渡ると同時に腹部に鋭い痛みを感じると共に生暖かい液体が流れ出ていく。途端に、息が詰まる様な感覚に襲われる。


中沢はすぐに撃たれたのだという事を理解してしまい顔を青ざめさせた。今までどちらかと言えば撃つ側しか経験したことのない事もあってか痛みに恐怖を覚える中沢だったが、それでも必死に耐えようとするものの次第に意識が朦朧とし始めてきたようで焦点も定まらない。


「う…ぐァ…!て…てめえ…」


「何?中沢。なんか言った?」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら聞いてくる男に殺意を抱きながらも、何も出来ない自分が情けなくなり思わず涙がこぼれる中沢だったがそれを悟られまいと必死に唇を噛み締め続けた。

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