第10話

「陛下……、私は大丈夫です。でもクリストフ様が……」

「クリストフが!?」


 リーゼロッテを庇うように覆い被さっていたクリストフは、肩に矢が突き刺さり、その顔からは血の気が引いている。


「なんということだ。クリストフっ! 気をしっかり持てっ!」  

「父上、ぼくは……もう、だめです……。リーゼロッテを連れて……逃げて」

「何を言う、クリストフ、しっかりしろっ」


 だが、クリストフは力なく微笑んだ。


「……僕、昨日、死んだ母上の夢を見たんだ。なにがあってもリーゼロッテと父上を守ってねって言われたんだ」

「リリアーナが……」

「父上にも……、過去は振り返らないで、前を、未来を見て……と伝えてって言っていたよ。だから……、父上、はや……く……」


 クリストフは息を継ぎながら、最後の力を振り絞るように言うと、ふいにがくりとこうべを垂れた。


「いやぁぁっ、クリストフ様っ! 死んじゃだめっ」

「いや、リーゼ、クリストフは大丈夫だ。まだ脈がある。気を失っているだけのようだ」


 リーゼロッテはほっとして、寝巻の裾を破りクリストフの胸を急いで止血する。幸い急所は外れているようで、出血もさほどひどくはない。早く手当すれば、大丈夫だろう。


「ああ、よかった。陛下、ここには私が残って時間を稼ぎます。だからどうかクリストフ様と逃げて」


 リーゼロッテは震える声でランヴァルトにそう伝える。

 この塔にあったという秘密の通路は人が一人通れるぐらいの狭さだったと聞いている。しかも古びていて三人が下りると崩れ落ちる危険もある。それに下りるのに時間がかかってしまうと、きっと敵に追いつかれてしまうだろう。

 けれど私がここで時間を稼げば、ランヴァルトはクリストフを連れて逃げることが出来る。


「リーゼ……」


 ランヴァルトは苦し気な表情を浮かべてリーゼロッテの頬を包んだ。


 リーゼロッテの頬に涙が伝う。

 ──これで、さようならだ。

 もう愛しいランヴァルトと会うことはできない。

 それでも、愛する人が無事であるならば後悔はしない。


「陛下、どうかご無事で──」

「リーゼ、すまない……」


 ランヴァルトは、リーゼロッテを引き寄せてその腕の中に包みこむ。


 これが今生の別れといわんばかりに、深く魂の奥底にまで自分を刻み付けるようにリーゼロッテに口づけた。

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