第9話

「私のリーゼッ。無事かっ……」

「……ヴァルトさまっ……、ランヴァルトさまっ……」


 リーゼロッテはランヴァルトの胸の中に飛び込んだ。

 彼の鼓動も震えている。

 だが束の間の抱擁もたった一瞬で、国王がいると知って敵が集まってきた。


「リーゼ、上に逃げろ。クリストフと塔の部屋に入って中からかんぬきを掛けるんだ」

「だめですっ、お願い、陛下も一緒に」


 それは、まるであの悪夢の夜のようだった。


 ランヴァルトは、十八年前と同じように剣を揮っている。

 だが彼の心に怖さはなかった。リーゼロッテを守るためなら、自分の命など少しも惜しくはなかったからだ。


「私に構うなっ。早く扉を閉めるんだっ」

「いやですっ、はやく、早くっ」


 ランヴァルトはあの時と同じように舌打ちした。

 その既視感に心臓が気味悪く鳴り響き、はっとして階下を見る。

 すると、あの夜と同じように、鉄の弓矢でリーゼロッテを今にも射抜かんとしている敵兵が見えた。


「リーゼっ! 伏せろっ! 危ないっ」


 ──しゅんっ!


 どずっと言う鈍い音が耳に響いた。

 蒼白になって振り返るとリーゼロッテとクリストフが塔の部屋の中に倒れ込んでいる。


「よくもっ!」


 ランヴァルトはすぐさま敵に切りつけ蹴り倒すと、部屋の中に飛び込んで即座に扉のかんぬきを掛けた。


「ああっ、リーゼっ」


 すぐに駆け寄り、リーゼロッテを抱き起すが顔面が蒼白だった。

 あの日の出来事が蘇り、ランヴァルトは悲痛な声をあげだ。まるでつがいを失った獣の咆哮ほうこうのように。


「私のリーゼっ! そなたを愛している。死ぬなっ……」

「……へい、か……?」


 リーゼロッテは束の間、気を失っていたがほどなく意識を取り戻した。

 気が付けば、ランヴァルトが涙を流しながらリーゼロッテを掻き抱いている。


「ああっ、リーゼ、怪我はないか? もう二度と愛する人を失いたくはない」


 ランヴァルトの言葉に胸が震えてしまう。本心ではないのかもしれない。

 ただリーゼロッテを安心させるための言葉かもしれない。

 それでも、愛する人、と言ってくれた……。もうそれだけで、リーゼロッテは満足だった。

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