第8話

 王が兵を引き連れて国境に発ってから、万が一の夜襲に備えて、リリアーナはクリストフと一緒に寝起きしていた。


 本当はランヴァルト王の寝室でクリストフと一緒に休むように言われていたのだが、クリストフがあの部屋には幽霊が出ると言って怖がった。 

 そのため仕方がなく、夜はクリストフの部屋で休んでいた。文字通り、母親のように父親が不在で不安がるクリストフを抱きしめて眠るだけだ。


「ねえ、リーゼ、僕、昨日、母上の夢を見たんだ」

「リリアーナ様の……?」

「うん、そうしたらね……」

「──やめてっ!」


 リーゼロッテは、今までに出したことのない声をあげた。

 ──いや、いやっ。もう聞きたくはない。

 ランヴァルトもクリストフも、心の中にあるのは、リリアーナ妃だけなのだ。


「あのリーゼ、どうしたの? 具合でも悪い?」


 いきなり大声を出したリーゼロッテを見て、クリストフが怯えたような顔を向けた。

 諦めのため息をつき、リーゼロッテがクリストフを宥めようとした時、緊急事態を告げる警鐘が鳴り響いた。


「お逃げくださいっ」という叫びがあちこちから聞こえてくる。


 ──夜襲だ。

 リーゼロッテは慌ててガウンを羽織る。


「クリストフ、逃げなければっ。敵が来たわ」


 二人で扉の外に出ると、すでに味方の兵士たちが敵と思われる兵士と闘っていた。


 ──早すぎる。

 きっと内通者がいたのだ。でなければこんなに早く城の中に侵入できるはずはない。


 急いでランヴァルトに言われたとおりに、彼の寝室に向かうも、すでにそこにも敵の影があった。


 ──どうしよう、どうしよう。


 リーゼロッテも混乱して、どこに逃げればいいか分からない。

 ただ、敵の人数はそれほど多くはなさそうだ。どこかに隠れていれば、きっとランヴァルトが助けに来てくれるだろう。

 なんとしてもクリストフだけは守らなければ。


「リーゼ、こっちが近いよ、あの塔に逃げよう」

「え? だめよ、塔は──あっ」


 嫌な予感がした。リリアーナ妃が命を落とし、その屍からクリストフが生まれた場所。

 今は、封印されている塔だ。


「王子がいたぞっ! 追えっ!」


 それでも敵に見つかってしまい、リーゼロッテはやむなくクリストフを連れて塔への階段と急ぐ。


 たぶん登り切れれば、なんとかランヴァルトが兵を引き連れて戻ってくるまではきっと無事でいられるはずだ。


 何度もよろけて転ぶクリストフを抱き起しては、塔への階段へと急ぐ。

 やっとその入り口の到着し、リーゼロッテは先にクリストフを登らせた。


「はやく、はやく登って一番上の部屋に行くの!」

「うん、わかった! リーゼもすぐに来てっ」


 リーゼロッテは倒れている兵士から剣を拾おうとしたところで、背後から敵に掴まった。


「いやぁぁっ!」


 リーゼロッテが悲鳴をあげる同時に、敵が崩れ落ちた。

 振り返ると、息を切らして血濡れの剣を振りかざしたランヴァルトがそこにいた。

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