第4話

「なんでも、昔、この国で内乱が起こった時に、ランヴァルト陛下は、逃げるために足手まといだった身重の妻を殺し、その遺体からクリストフ様を取り上げたとか。しかも謀反を起こした叔父を残酷にも生きたまま腹を裂いて処刑したそうですよ。それ以降、がらりと人が変わったように冷酷無比になってしまったそうです。ここのお城の召使い達は、国王には悪魔が憑りついていると話していました。ああ、恐ろしい……」


「──ルチア、仮にも私の夫の御父君よ。そういう不確かな噂は控えなさい。それにクリストフ様の母君は、私の叔母上にあたるのよ」


 リーゼロッテは、大仰にぶるぶると震えるルチアをたしなめた。


 そもそも、この国の内乱で命を落としたランヴァルト陛下の妻は、リーゼロッテの叔母だ。なにより、此度の結婚は、リーゼロッテがその叔母に瓜二つと言われ、それがこの国のランヴァルト陛下に気に入られて、王子妃にと望まれた結婚だった。つまり、クリストフとは従兄にあたるのだ。


 しかも奇遇なことに、クリストフとは誕生日まで一緒だった。だが、その日は奇しくもクリストフの母、リリアーナの命日でもある。毎年欠かさず、その日には、城の塔の上に黒い半旗が掲げられているのだという。


 後妻を娶らない国王は、きっと今でも叔母であるリリアーナ妃を愛しているのだろう。

 そう考えると、なぜかクリストフの父、ランヴァルトが可哀そうに思えてくる。

 身重の愛妃を殺されて、幼子と残されるなんてどんなにか辛かったことだろう。


「あとはもう一人で大丈夫よ。下がっていいわ」

「はい、姫様。この度のご結婚おめでとうございます。どうぞ恙なき初夜をお迎えくださいますよう……」


 ルチアが部屋から下がったのを見届けると、リーゼロッテは寝台に上がった。


 初夜を迎えることには、恐れや不安もある。けれど、今日、初めて会ったクリストフは、病弱なこと以外はとても優しそうで、良き夫になるだろうと思っていた。


 それよりも、リーゼロッテが気になったのは彼の父、ランヴァルト国王の方だった。

 はじめて謁見をしたときには、この世の憎悪を一身に背負ったような、昏く鋭く、胡乱な眼差しを向けられた。

 だが、次の瞬間、まるで目を疑うような表情に変わったのだ。

 彼の口からリーゼロッテと呼ぶ声が、リリアーナ、と聞こえたのは気のせいだったのだろうか。

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