第2話
「ああ、リリアーナ、愛しい人。国境に遠征している我が軍がじきに助けに来る。それまでどうか気を確かに持って」
ランヴァルトは愛しい妻を腕に抱きながら、望みが薄いと分かっている希望を口にする。どんなに早くても、信頼している我が国王軍がこの城にたどり着くのは夜明けを過ぎる。その頃にはこの城は堕ち、ランヴァルトもリリアーナもこの世に生きてはいないだろう。
「陛下……、どうか……あなたは逃げて。この塔の部屋に……、隠し階段があるのを……ご存知でしょう?」
「リリィ、私は君を置いて逃げはしない。死ぬ時は一緒だ」
するとリリアーナは、弱々しく微笑んだ。息を吸うのもやっとのようだ。
「私には……あなたの赤ちゃんがいます。どうか、あなたは逃げて赤ちゃんを守って」
「──どういうことだ?」
その時、煤けた臭いが漂った。ランヴァルトが扉を見ると、下の方からもくもくと煙が部屋の中に流れ込んできている。
──くそ野郎どもめ!
自ら命を絶つしか残されていない国王と王妃を、煙で燻り出そうとしているその執念の強さに、愕然とする。
「お分かりでしょう……。私はもう長くありません。私が死ぬ前に……胎から赤子を取り出し、二人でお逃げ……ください」
「ばかなっ……! 何を言う。そんなことが出来るわけがない」
「私が死ねば、赤ちゃんも死んでしまいます。どうか……お願い。私たちの赤ちゃんを守って……」
扉の外からどぉんという固い物を打ち付けるような音が響いた。扉を壊して自分とリリアーナを確実に殺すためなのだろう。
リリアーナの顔はどんどん土気色に染まっていく。
「いやだ、リリアーナ、先に逝くな。そなたを愛している。」
「ふふ、陛下……、泣かないで。私の最後のお願いです。どうか……赤ちゃんを……」
リリアーナの身体から、まるで凍える冬の日のように温度が失われていく。
──もう長くない。
ならばいっそ……。
「陛下……愛しています。……できるなら、また、あなたの、おそばに……」
「──許せ。リリアーナ」
ランヴァルトは愛しい妻に口づけた。ほどなくリリアーナの身体から力が抜け生気が無くなった瞬間、ランヴァルトは剣を揮った。
夜明け前の薄闇の中、塔の中から微かに赤ん坊の泣き声が聞こえていると誰かが言った。
──このとき。
ランヴァルトとリリアーナはまだ、たった十八歳だった。
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