25_ホレイショ①
アヤセが、ベン場長に鉱石と玉鋼を渡し、報酬の受け渡しについて相互の確認をとっていたところ、一人の男が作業場内に入って来た。
「よう、爺さん、樽を貰い受けに来たぜ」
「おう、材料は揃っておるぞ。組み立てはここでするなり、持ち帰ってするか好きにせい」
どうやら男は、ベン場長と知り合いらしく両者は親しげに話をしている。見た目は、三十代半ばの人類種の男性で、身長は、百八十五センチメートルくらい、刈り込んだ黒髪とベン場長に匹敵する筋肉質でがっしりとした体格は、潮焼けした肌と併せて磨き抜かれた木材を連想させる。服装は、黒くて丸い丈の低いつば付き帽子に、青い上着、首には赤いスカーフを巻いて、インナーは襟の広いシャツ、白い長ズボンと黒いデッキシューズのような靴を履いた姿は、典型的な帆船時代の船乗りの格好だ。そして、注視すべきことは、この男がプレイヤーであるということだった。
「おっと、先客か?」
「タガのポテンシャル付与の依頼に応じてくれた、アイテムマスターのアヤセ君だ。お主の樽の価値や品質は、ポテンシャルが付与されたタガのお陰で、きっと上がるはずだ」
「そいつは凄いな。お前さん、礼を言うぜ。俺はホレイショだ。職業は大工でサブジョブは水兵をやっている。よろしくな」
「初めまして、アイテムマスターのアヤセです。お役に立てて何よりです」
アヤセは、ホレイショが差し出した、ベン場長と同じくらいごつい手と握手を交わした。
握手をしながらホレイショは、豪快な笑顔を見せる。潮焼けした肌に対比した白い歯が、心なしか一瞬光輝いたような気がした。
「それで、ホレイショさんの名前の元ネタは、ネルソン提督でしょうか? それとも小説の主人公とか?」
アヤセは、ホレイショの名前の由来について尋ねる。ちなみにアヤセが引き合いに出した小説は、イギリスにおいて高い知名度を誇り、映画化やドラマ化もされている。実際にアヤセは、この小説を原作としたドラマを見たのがきっかけで帆船小説の世界に足を踏み入れたのであった。
アヤセの出し抜けな質問にホレイショは、驚いた表情を見せるが、瞬時に破顔する。
「お前さんの
「小説は、読むには読んでいますが、船の知識は、まるっきり『
「ま、固いことは考えず時代に思いを馳せるのも楽しみ方のひとつってものよ。お前さんとは仲良くなれそうだぜ」
ホレイショは、再び笑顔を見せる。言葉遣いが粗野な印象を与えてしまうのは否めないが、頻繁に見せる笑顔が、本人の快活な性格を物語っていた。
「お前達、共通の趣味で盛り上がるのは良いが、樽はどうするのだ?」
いつまでも話が終わりそうにないと思ったのか、ベン場長が二人の話のあいだに割って入る。
「おっと、いけねえ。樽は二個ばかり組み立てていくぜ。お前さんも時間を取らせて済まなかったな」
「いえ、こちらこそ。それで、ついでと言っては何ですが樽を組み立てるところを見せていただけませんか? 一度、生産職のプレイヤーがどの様に作製を行うのか、見てみたいと思っていました」
「ああ、構わないが、見ていてもそんなに面白くないぜ?」
本人は面白くないと言っていたが、ホレイショの手慣れて軽快な作業は、見ていて飽きるものではなかった。
あらかじめ作業場に置いてあった樽用の木材をタガでまとめ、小気味良く木槌を打ち込む様子や表面を薄く鉋掛けしてならす作業は、アヤセにとって新鮮で興味深かった。結局、組立作業はそれほど時間を要さなかった。ゲームだから作業は簡略化されている面もあるだろうが、それよりもホレイショの大工としての腕前が影響しているだろう。
「よーし、これで終了だ」
「さすがは大工、見事な手際ですね。自分もこんな樽が欲しくなりました」
「そうか? ま、樽は見てのとおり、食材の保存に適しているからな。欲しかったら、今度お前さんにも作ってやろう」
アヤセは、スキル【鑑定+】と【一目瞭然】を発動し、完成した二つの木樽を観察する。
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【アイテム・生活用品】木樽(小) 品質2(+2) 価値2
生産者:ホレイショ 重量100
特殊効果 ・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・腐食防止(品質2up)
ポテンシャル( )…密閉(保存期間2ヶ月延長)
ポテンシャル( )…軽量化(重量10%down)
ポテンシャル( )…着色(表面をカラーリング(色はランダム))
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【アイテム・生活用品】木樽(小) 品質2(+2) 価値2
生産者:ホレイショ 重量100
特殊効果 ・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・腐食防止(品質2up)
ポテンシャル( )…熟成(収容した食料品の品質1up
(1週間以上保存した場合に限る))
ポテンシャル( )…軽量化(重量10%down)
ポテンシャル( )…漏洩(収容品15%消失)
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「木樽に特殊効果が付いておるな? タガのポテンシャルと同じようだ」
「どれ? おおっ! 素材のポテンシャルの有無で、生産物にも特殊効果が付くのか。こいつは凄えぜ!」
「ちなみに、木樽自体にもポテンシャルが付加できるようです」
「そうなのか。で、ポテンシャルは一体何か聞いてもいいか?」
アヤセは、ポテンシャルをひととおり説明し、二人はそれに対し興味津々に耳を傾ける。
「うーむ、聞いたところ、ポテンシャルでマイナス効果がありそうなのは『漏洩』くらいか? 『着色』がよく分からぬが……」
「ま、とにかくやってみよう。お前さん、頼むぜ」
「了解です。ポテンシャルを付与します」
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【アイテム・生活用品】木樽(小) 品質2(+2) 価値2
生産者:ホレイショ 重量100
ポテンシャル(1)…着色(赤)
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【アイテム・生活用品】木樽(小) 品質2(+2) 価値2
生産者:ホレイショ 重量100
ポテンシャル(1)…熟成(収容した食料品の品質1up
(1週間以上保存した場合に限る))
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「一つは『着色』になってしまいましたね。しかも赤とは……。あまり良い色合いではありませんね。済みません」
「なぁに、機能的には変わりはないし、良いってことよ! それに、この色なら入れた物を忘れることがないだろうしな。見ようによっては、良いポテンシャルかもしれないぞ」
「それと、もう一つは、大成功かもしれぬ。この樽に品質の高いワインやウィスキーを入れて醸成すれば、名酒が生まれるのだからな。……ホレイショよ、この樽、譲るつもりはないか? 高く買うぞ」
「ダメだぜ、爺さん。これは先約があるんだ」
ホレイショは、さっさと二つの木樽をインベントリにしまう。高さ六十センチメートルほどの小型の樽とはいえ、インベントリに瞬時に消える光景は、何とも不思議だ。
(素材にポテンシャルをつけて作製を行えば、完成品に特殊効果が付くことがあるのか。これなら、やり方次第で三重にも四重にも特殊効果を付加できる可能性があるな)
例えば、
・ジャロイモを栽培し、収穫後ポテンシャルを付与
↓
・ジャロイモを素材にして、ポテトサラダを料理で作製、ポテンシャル付与
↓
・ポテトサラダを素材にして、サンドウィッチを料理で作製、ポテンシャル付与
といった具合に手をかけていけば、この場合最高で特殊効果が二つ、ポテンシャルが一つ付くことになる。また、ポテトサラダやサンドウィッチを作製する際に用いる、マヨネーズやパン等も同様の方法でポテンシャルを付与しつつ、作製を行えば特殊効果の数も増えるのではないかと推測した。そして、これに関連してもう一点の思いに至る。
(もしかしたら、深緑装備も素材にポテンシャルを付与した上で、マリーさんに作製してもらっていたら、特殊効果が何個か増えていたかもしれない……)
マリーに、深緑装備の作製を依頼した際に持ち込んだ素材「絹反物(★7)」や「ラシャ生地(★6)」にポテンシャルを付与していたら、完成品も今とは変った物になっていたかもしれない。そう思うとアヤセは、少し惜しいと感じた。
(勿論、素材に付与されたポテンシャル全てが特殊効果として出現するとは限らないし、マイナス効果のポテンシャルが付与されるリスクもあるから、何でも付与を行えば良いと言う話ではない。だけど、素材に付与したポテンシャルが特殊効果として活かされることを見落としていたな……。結果として、マリーさんの傑作である深緑装備を最高の状態に引上げることを怠ってしまったかもしれない)
今までアヤセは、マリーの作製した何着もの服にポテンシャルを付与してきた。もし、素材からポテンシャルを付与していたら、性能が変っていた服があった可能性は否定できない。アヤセは、「素材にポテンシャルを付与しても、作製を行う際に消滅する」という思い込みをゲーム開始時からずっと持ち続けていたことを後悔した。
(いずれにしても、マリーさんの服の性能に今後大きな影響を与えることになるから、このことは話さなければなるまい。今まで気付かなかったこともあって言いにくいが……)
「ん? お前さんどうしたんだ?」
急に黙り込んだアヤセを気遣い、ホレイショが声を掛ける。
「い、いえ、今後やらなければならないことを思い出したもので、そのことを考えていました」
「そうか。ところで、お前さん、この後暇か? それとも、やることを片付けなければならないか?」
「いや、それは後日にしますし、ギルドの依頼もこれで終わりですから、時間はありますが」
「だったら、一杯やりに行かないか? 今日は、樽の礼もかねて奢らせてくれ。良いところがあるんだ」
「そうですね……。どうしようかな?」
「やり残しがあって気が進まないか? だが、今できないことをあれこれ考えても仕方がないぜ。こういう時は、パーっと飲んで気分を変えることも一つの方法だと思うがな」
失敗に気落ちしたアヤセは、ホレイショの誘いを受けるか悩むが、友好的で同じ趣味を持つプレイヤーと情報交換ができる機会もそれほど多く無いだろうと思い直し、逡巡の末、飲みに行くことに決めた。
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