24_ベン場長

 「そういえば、チーちゃんのスキルで伺いたいことがあったのを忘れていました」


 アヤセは、マルグリットに尋ねようとして、忘れていたことを思い出す。


 「チーちゃんが持っているスキル【青い鳥】の効果をご存じでしょうか?」

 「はい、それは、召喚者が眠っている際にランダムで発動するスキルです。召喚獣がアイテム等を拾って来ますが、発動の頻度やアイテム等の品質と価値は、スキルのレベルや親密度で変化しますよ」

 

 (眠っているあいだとは、ログアウト中のことか。しかし、スキル効果がアイテムの収集系とは、正に童話の「青い鳥」だな。文字通りのスキルだったということか)


 「今まで発動しなくて、スキルの効果が果たしてあるのかと思っていましたが、疑問が解消しました。ランクも上がったので、今後に期待したいですね」

 「ええ、そうですね。スキルのレベルはランクアップで上昇しますから、上げやすさから言いますと親密度の方ですので、これからもチーちゃんを可愛がっていただければ、より良いアイテム等を拾ってきてくれると思います」

 「ちなみに、ランクを上げる際に使用した魔石って、どの様に入手するのですか?」

 「★5までランクアップ可能な物でしたら、ギルドでも一つ二十万ルピアで販売しています」

 「ええっ! そんなに高価なのですか!」

 「あくまでギルドでの販売額を申し上げたまでで、実際はモンスターからドロップしますし、入手の難度は特別に高い訳ではありません。私も先ほどの魔石をドロップで手に入れたのですよ。……アヤセ様? 大丈夫ですか!?」

 「に、にじゅうまん……! そんな高価な物をチーちゃんに使わせてくれたのですか? 払えません……。自分には払えませんよ!」

 「あ、あの、そんな絶望を体現したような顔をなさらないでください。それに、これはチーちゃんにあげた物ですから、アヤセ様のご負担は無用です」

 「いえ、しかし、チーちゃんの召喚主は自分でありますし、このまま無償の提供を受ける訳には……。そうだ、この装備品を売れば!」

 「ダメです! 装備品は冒険者の命ですよ! それに、こんな素敵な装備を手放すのですか?」

 「そうとでもしないとお金が作れないのです。困ったな……」

 「うーん、そうですね、無償の提供に抵抗を感じられるようでしたら、今度、魔石の収集にご同行いただけないでしょうか? 魔石をドロップするモンスターもそうですが、出現地帯周辺に生息するモンスターも手強くて、私も手を焼いておりますので、お手伝いいただける方がいらっしゃると助かります」

 「収集ですね? やります! 是非同行させてください!」

 「ご承諾くださいまして、ありがとうございます。詳しいお話は、具体的な日取りが決まりましたら再度ご相談させていただきますので、その際はよろしくお願いしますね」

 

 (何とか装備品を売らずに済んだな……。本当にマルグリットさんの提案に感謝しかない。今回の魔石収集は、クエストになるのだろうか?)


 ====================

 【クエスト(NPC)】

  マルグリットの依頼(1)

  内容:マルグリットに同行し、魔石を収集せよ

  報酬:クエスト達成時に配付

 ====================


 (今回は、受注クエスト一覧にあったな。イベントとクエストの区別が未だに分からないところがある。あと、「(1)」との表記からして、マルグリットさんのクエストには続きがありそうだ。思いもしないところでNPC関連のイベントやクエストって発生するのだな)


 ゲンベエ師匠の時もそうだったが、イベントやクエストの発生は、唐突で予測不能である。だが、これらのお陰で白パンをきっかけとしたマリーとの交流が始まり、結果として深緑装備を新調することができたし、チーちゃんも魔石を得てランクアップした。言うなれば今のアヤセがあるのは、ゲンベエ師匠やマルグリット達のお陰でもあるのだ。


 「正に『一期一会』か……」


 (まぁ、しかし人との出会いは、本来そういったものかもしれない。NPCといえども、それは同じだということか)


 「一期一会……ですか?」


 独り言のようにしみじみとつぶやいたアヤセに、マルグリットが言葉の真意を尋ねてくる。


 「今更ですが、色々な人に助けられて今があると思いまして、出会い一つ一つにもきっと意味があるのだろうなと感じました。つい独り言を言ってしまいましたが人との出会いは、大切にしないといけませんね」

 「はい、私もギルドに勤めていて、日々そう感じています。ちなみに、アヤセ様との出会いは私にとって、とても大切なものですよ♪」

 「そう言ってくださいますと、非常に有り難いです。自分も魔石の収集では、少しでもマルグリットさんのお役に立てるように頑張ります。そのためには、依頼をこなして基礎レベルの底上げを行っていきたいと思っています」

 

 基礎レベルの底上げは、経験値が高く、比較的倒しやすいモンスターが頻繁に出現する場所(いわゆる「狩場」)に張り付いて、ひたすらモンスターを屠る方法が最も効率的であるが、アヤセは王国周辺でそのような場所がどこにあるのか知らなかったし、例え知っていたとしても大抵、大規模なクランが場所を占有しており、おまけに前述の場所を占有しているクランと結託しているPKも周辺をうろついているだろうから、ソロプレイかつ低レベルプレイヤーのアヤセがそこに入り込むのは、至難の業であった。


 狩場で稼げない以上、アヤセが次にとれる方法は、クエストの達成報酬で得られる経験値で稼ぐことである。それは、一件あたりで得られる経験値が狩場で稼ぐのに比べて微々たるもので、依頼の内容によっては非効率的ともいえたが、アヤセは、アイテムマスターギルドに山積されている比較的安易ですぐに終わりそうなクエストをこなし、量で質を補おうと考えていた。


 「アヤセ様のお力に期待していますね。最も依頼をお受けすると言われましても、当ギルドでは、今のところアヤセ様にお願いさせていただくものが、あまりありませんが……」

 「その点は、自分の所属先であるアイテムマスターギルドでいくらでも受注できますので、心配には及びません。恐ろしいくらいの量がありますから」

 「えっ? アイテムマスターギルド? ああ、確かにアイテムマスターのアヤセ様が所属されて当然ですよね。そうですか。依頼、お受けくださるのですね!」


 マルグリット声は、心なしか弾んで聞こえる。


 「あの、アイテムマスターギルドが何か?」 

 「アヤセ様、実は私……。いえ、やっぱり秘密にしておきます」

 「マルグリットさん、秘密とはどういうことでしょうか? 何かお困りごとでも?」

 「いいえ、そういう訳ではありませんが、秘密にしていることは、アイテムマスターギルドの依頼を沢山達成してくださいましたらお教えします。ですので、クエスト、よろしくお願いしますね♪」 

 「はぁ……」

 

 (これもマルグリットさん関連のイベントかな……?)


 NPCとの会話の内容をイベントやクエストの発端ではないかとつい疑ってしまう。悪い癖がついたものだと、アヤセは心の中で苦笑する。


 マルグリットの秘密とアイテムマスターギルドの依頼の受注にどのような接点があるのかアヤセには分からなかったが、彼女は一人で嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 ========== 


 サモナーギルドを後にしたアヤセは、アイテムマスターギルドの老人から渡された依頼を片付けるべく、忙しく王都を走り回った。


 老人から渡された依頼は、全てNPC依頼主のところに出向き、対象のアイテム類に特定のポテンシャルを付与するというものだった。依頼の詳細な内容はそれぞれ異なり、五十個のアイテムに良性のポテンシャルが何個付与できるかによって報酬が異なるものや、良性のポテンシャルを十個付与するもの(目標の個数を付与するまで、出所不明のアイテムが無限に出てくる)、貴重なアイテムに対して、一発勝負で付与したポテンシャルによって報酬が決まるもの等多種多様であった。ここでもスキル【良性付与】が大いに活かされ、大方のクエストで高い成果を上げることができた。また、同時にスキル【一目瞭然】でクエストの際に山のように出てくるアイテムのポテンシャル確認も余念なく行っている。これで「発見」のクエストも追加で消化できそうだった。

 

 今回最後の依頼は、王都東地区の港湾部に所在する工房から出されたものだった。


 王都の東地区は海岸に面しており、南北を縦断する海岸の真ん中あたりで西から流れてきたポロマック川の広大な三角江が天然の良港を形成している。潮の香りが強く漂う川沿いでは、大小問わず多くの船舶がひしめき合って接岸し、港湾労働者がせわしなく積み荷を運んでいる。また、造船所やドックからは、様々な工具を動かす音が絶えることなく聞こえてくる。港湾部は王都の中心部に勝るとも劣らない活況振りを見せていた。


 (やはりこのゲームで稼働している船は、木造帆船だったか! 間近に見ると大きいな。凄い! 向こうの船は帆走している!)


 アヤセは、感動を抑えることができない。

 日頃から帆船小説を愛読してきたアヤセであるが、実際に風の力のみで前に進む船を目の前で見るのは初めであった。


 (いつか、帆船に乗船したいな。水夫とか乗組員に関連する職業だったら、船員として乗り組めるのだろうか?)


 川沿いの堤防の上で行き交う船をじっと眺め、帆船への乗船に思いを馳せるアヤセであるが、チーちゃんに先を促される。


 (ご主人~、早く依頼先に行かないと日が暮れちゃうの~。チーちゃん夜になると眠くなっちゃうの~)

 (そうだな。船はいつでも見に来られるから、今は依頼をこなさないと。じゃあ、チーちゃん、行こう)


 喧噪はなはだしい川沿いの通りを外れ、目的地の工房にたどり着く。アヤセは自身を追い越し通り過ぎる馬車を避け、おそらくずっと開き放しの正門から工房の敷地に入る。

 工房は広大な敷地を有し、倉庫のような巨大な建物がいくつも並ぶ場所だった。ここも川沿いの造船所やドック同様、工具の音が響き渡り、物が焦げる臭いをはじめ様々な臭いが辺りから漂ってくる。船舶の材料や航海上で使用する物資は多岐にわたるが、工房ではかなり手広く、かつ大規模にそれらの物資を生産しているらしかった。


 アヤセは、門衛所にいる守衛の老人にアイテムマスターギルドの依頼で訪れた旨を伝え、依頼主が所在する事務所への道順を教えてもらい向かうことにする。幸いなことに事務所自体はそれほど門から離れていない。

 事務所の中には数人の事務員らしき男女と、奥に工場長と思しき人物が机に向かって仕事をしている。アヤセは取り敢えず近くにいる事務員に声をかけた。

 

 「アイテムマスターギルドの依頼を受け、こちらに伺いました、アヤセと言います」

 「ああ、アイテムマスターギルドからの依頼ね。ようやく来てくれたか。いつ来るかと思っていたよ。じゃあ、四番作業場にいる、ベンという奴に詳しい話を聞いてくれ。報酬はここで渡すから終わったら必ず寄ってね。頼んだよ」


 そう言うと事務員の男は、自分の机に向き直り、アヤセの存在など初めから無かったかのように無心に紙へカリカリと細かい数字を書き込み始める。アヤセは、忙しそうな事務員の邪魔をこれ以上すまいと事務所を後にした。


 チーちゃんに工房内を飛んでもらい、探し出した四番作業場にようやくたどり着く。四番作業場は他の作業場に比べ規模は小さかったが、それでも小学校の体育館くらいの広さがあった。アヤセは、正門と同じように開け放たれた入口をくぐり、作業場内でごそごそ素材を漁っている老人に声をかけた。


 「済みません、こちらにベンさんという方はいますか?」


 つなぎのような服を着た男は手を止め、アヤセをじっと見る。


 「儂がベンだが、アンタは?」

 「アイテムマスターギルドの依頼を受けて来ました」

 「アイテムマスターギルド! ようやく来おったか。さあ、早く中に入ってくれ。仕事は沢山あるぞ!」

 

 ベンはドワーフ種であり、王都のNPCといえば人類種が大多数を占めている中で珍しい存在だ。年齢的には高齢の部類に入るだろうが、小柄ながらも筋骨隆々で精悍な面持ちは、それを忘れさせるくらいである。少なくても先日街中で絡んできたチンピラドワーフとは、似て非なるものだった。


 「改めて、四番作業場長のベン=ショウだ。場長と言ってもここの作業場は儂一人しかおらんがな」

 

 豪快に笑いながら、ベン場長は右手を差し出す。アヤセは、ベンの体格から容易に連想できるごつくて固い手と握手しながら自己紹介をした。


 「アイテムマスターのアヤセです。よろしくお願いします」

 「アヤセ君か。『あの』アイテムマスターが依頼でここを訪れるのは本当に久しぶりだ。早速だが、仕事を頼みたい。さぁ、こっちだ」


 ベン場長に促され、進んだ作用場の奥には、大量の鉄の輪が置かれていた。


 「これにポテンシャルを付与してもらいたい。全部で二百個ある。優先順位は『腐食防止』、その次が『防錆』だ。やれるか?」

 

 鉄の輪を一つ手で持ち、アヤセはスキル【一目瞭然】を発動する。


 ====================

  【アイテム・素材】鉄のタガ 品質1 価値1 重量2 

   ポテンシャル( )…腐食防止(品質2up)

   ポテンシャル( )…防錆(価値1up)

   ポテンシャル( )…金属疲労(アイテムが消失する)

 ====================


 (タガは、樽とか桶を外側から締める輪っかのことだな。確かことわざの『箍(たが)が外れる』の語源にもなっている物だ。他のタガも同じポテンシャルらしいな。クエスト用のアイテムだから皆同じなのだろうか?正解確率は三分の二……。数は多いが【良性付与】もあるし、それほど難しいものではないな)


 「大丈夫です。やれます」


 アヤセは自信を持ってそう答えた。


 鉄のタガへのポテンシャルの付与は、大成功だった。ノルマの二百個中「腐食防止」が百二個、「防錆」が八十個、「金属疲労」十八個と失敗は一割弱に留まった。スキル【良性付与】の恩恵は、やはり大きい。ベン場(じょう)長(ちょう)(この言い方は「便所長」と発音が似ているので、アヤセは、勝手に気を回して本人の前で言わないようにしている)は、結果に満足しているようだった。


 「これは凄いな! 正直、半分以上は使い物にならなくなると思っておったが、嬉しい誤算だったわい。これは、報酬を弾まねばならんな」

 「スキル【良性付与】のお陰です。それで、他にも何か依頼がありますか? もしあれば、この場でお受けしますが」

 「依頼は、原則ギルドを通すことになっておる。早速追加を出しておくから、次も是非受けてくれ」

 「分かりました。その心づもりでいます」

 「まぁ、とにかく今日は助かった。茶と菓子があるから少し休んでいきなさい」


 ベン場長に勧められたので、アヤセはその誘いを受けることにする。

 作業場内の一角に長椅子とテーブルが置かれた休憩スペースのような場所で、アヤセは麦茶とビスケットに似たお菓子を振る舞われた。


 「第四作業場では、主にどの様な物品を作っているのでしょうか?」


 アヤセは、茶飲み話のついでに工房のことを尋ねる。


 「この作業場では、船材の試作品を扱うことが多いな。今回依頼したタガも、鉄の仕入れ先を変えるどうか検討するために試作した物だ。まぁ、実際の製作作業は、大抵他の作業場を借りることが多いが」

 「研究・開発部門のイメージが近そうかな……。ちなみに、鉄の仕入れ先は変えるのですか?」

 「この結果を見ると、変更しても問題はなさそうだ。ただし、ポテンシャル付与を前提としての話ではあるがな」

 「うーん、アイテムマスターの数が少ないですから、ポテンシャルを頼みにし過ぎると供給量が減るかもしれませんね。その一方でポテンシャルの効果自体は、良い方だと思いますから捨てきれないところもありますよね」

 「悩みどころだな。アイテムマスターが一定数確保されるまで、従来品と併せて調達していくのが良策かもしれん。良質な金属が手に入るのは、歓迎すべきことなのだがな……」

 「金属……、でしょうか?」

 「鉄だけで無く、他の金属も船を形作るのに必要な物資だからな」

 

 (確か、フジツボとかフナクイムシが付着しないように船底を銅板で覆っているという描写が小説にもあったな。本当に帆船って必要な物資が多いこと……。あと、船で使う金属の最たる例と言えば……)


 「この工房で大砲は作っているのですか?」


 アヤセは、現実世界で読んでいる小説の知識を基に軽い気持ちで質問をする。だが、ベン場長はそれに反して、瞬時に険しい表情になった。


 「お主、それをどこで知った?」


 剣呑な態度を隠さず、アヤセを詰問するベン場長。アヤセはその豹変ぶりに戸惑う。


 「はぁ……。良質な金属類を求めているとお聞きしましたので、青銅砲を連想したまでです。誰かから教えて貰った訳ではありません」


 アヤセの返答を聞き、ベン場長は驚いたように目を見張り、黙り込んでしまったが少し時間を置いておもむろに口を開いた。


 「そうか……、それならば良い。最近、工房内にも帝国のスパイが紛れているとの噂もあるからの、大砲についての存否は言えぬ。ただ、このことは他言無用に願えないだろうか?」


 (ベン場長の言い方は、遠回しな肯定だな。兵器の開発は重大な軍事機密だし、簡単には口に出せないのだろう。それにしても軽率な質問だった。何かにつけて一言多いのは反省しなければならないな。)


 「興味本位で聞いたことですので、御容赦ください」

 「いや、工房で金属を求めていることは周知の事実だから、詫びには及ばぬことだ。ところでお主、鉱石や金属を持っておらぬか?」

 「え? 鉱石と金属でしょうか?」


 確かにアヤセは「銅鉱石(★3)」と「錫鉱石(★2)」をそれぞれ所持している。他に金属素材の「玉鋼(★6)」もインベントリの中にあった。


 「両種類とも、持っているには持っています」

 「おお、そうか! 相談なのだが、できれば譲ってもらえぬだろうか? 研究に用いる素材が足りなくての。スパイの目を避けるためギルドは通さず、今この場で直接頼みたい。勿論、礼は相応にさせてもらうぞ」

 

 アヤセは考え込む。銅鉱石と錫鉱石を譲ることは、やぶさかでもないが、問題は、玉鋼を譲るかどうかであった。


 (市場に滅多に出回らない「★6」の素材をホイホイ渡すのも少し勿体ないな。それにそもそも玉鋼は大砲の素材になるのだろうか?)


 「あの、鉱石と金属は種類が限られていますか?」

 「いや、『★』の数を重視しておるので種類は問うておらんぞ」


 (そうなのか。帝国のスパイを気にしていることから察するに、ベン場長の言う「研究」の対象は、十中八九大砲かそれに付属する物のことだな。でも、迷うな……。本来、玉鋼は日本刀を打つ際に用いる物だろうから、それ以外の用途で使えるだろうか。提供しても無駄にならないか?)


 アヤセの思いは逡巡する。


 (しかし、刀は「無銘の刀(消刻)」があるから、新調はまだ先延ばしにしてもいいんだよな。それまでには、★6までとは言わないまでも、新しい素材が手に入っているかもしれないし。それに大砲か。火力のロマン、そんなものを感じてしまうよな)


 ゲーム上で大砲が実装済みであったかどうか、アヤセは記憶にない。広範囲で高火力の攻撃手段が欲しければ攻撃魔法系のスキルを習得すればいいのだから、近代兵器の必要性はあまりないのかもしれない。ただ、魔法の習得が困難な職業もある。アヤセの職業、アイテムマスターもその中の一つであり、いくら「無銘の刀」が強力とはいえ、集団戦では一度にダメージを与えられる敵の数に限りがあるだろうから、広範囲攻撃を行える何かしらの方法があれば、それを手に入れたいという思いもあった。


 (それに、ベン場長のドワーフ姿、この匠然とした感じは、何かを期待させるものがあるな。見た目って大事だし、ここは応じてみようかな)


 「どうじゃ、考えてくれぬか?」

 「そうですね、分かりました。自分の所持しているもので良ければ提供させていただきます」


 =個人アナウンス=

 ベン作業場長に以下のアイテムをプレゼントします。

 ・銅鉱石(★3)×15

 ・錫鉱石(★2)×10

 ・玉鋼(★6) ×20


 「ぬぬっ! ★6じゃと!? お主どこでこれを手に入れた? いや、冒険者にそれを聞くのは野暮なことだな。しかしこれほどの物を持っておるとは、正直驚いたわい。有り難く使わせて貰おう。研究も大いに捗りそうだ」

 「是非、研究に役立てて貰えればと思います。それで、一つお願いがあるのですが」

 「何だろうか?」

 「厚かましいことですが、報酬には、研究時に作成した試作品をいただけないでしょうか?」

 「試作品か? 良かろう」

 

 (あれ? 意外に簡単にオッケーを貰えたな……。でも、念のため確認しておくか)


 「話が変りますが、自分が今欲しい物は、範囲攻撃可能で高火力な装備品です。何かの『見返り』で手に入れられないか、伝手を探しているところです」

 「そうか。お主の願いは、近い将来叶うことになるだろうな」


 更にベン場長は、小声でつけ足す。


 「帝国に含むものがあるお主が、高品質の素材を提供して意気込みを見せたのだ。儂も憎き帝国を打倒するため、覚悟を決めておる。お主の心意気に報いるつもりだから、期待して待っておれ」


 ベン場長は、大砲とは明言しなかったがアヤセの希望に沿う旨を約束した。


 (ゲンベエ師匠のところでも話に出たが、ここでも帝国に対する感情が話題に上がったか。自分は、帝国と癒着関係にある「ブラックローズ・ヴァルキリー」のアイオス副長達に反感を抱いてはいるが、帝国という国家自体には、憎いという程まで悪感情は持っていないんだよな……。まぁ、南部国境で何度も帝国軍に捕まって出国に手間取ったことには腹が立ったが、王国に入国した今となっては、それだけの話でしかないし。もしかしたらマスクデータで国家に対する感情値のようなものがあって、行動如何によって本人の意思とは別に、好きな国や嫌いな国が決められているかもしれないな)


 帝国に対する反感の有無はともかく、強力な装備品が手に入ることは、願ってもないことだが、ここでアヤセは、あることに気付く。


 (よくよく考えてみれば、帝国に対する反感が王国NPCのイベント発生条件になっている状況は、結構危険かもしれない。現にベン場長は、帝国相手に大砲をぶっ放すため、研究にまい進している様子すら窺える。領土拡大に精力的な帝国に対抗するため防衛力を充実させることは重要だが、もしタカ派の暴発で戦端が開かれたりしたら、あっという間に王国全土が戦場になりかねないだろう。……帝国の東部侵攻は停滞気味と聞くが、しかしまあ、自分が考えている以上に戦乱のリスクというものが身近に潜んでいそうだ)


 もし、王国まで戦火が広がったら、その時自分は、王都での生活を守るため帝国軍と戦うのだろうか。それとも、別の国での新たな生活を求め、国外へ逃れるのだろうか。不意に脳裏に浮かんだマリーの顔を思い浮かべつつ、アヤセは、そんなことを考えてしまうのだった。

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