第35話

「ちょっと、妃奈ってば!」


ショッピングモールの中で、私を心配してくれる楓の声はことの他大きく響いたようで。


気付けば周囲に人だかり。


挙句警備員さんがやって来て、どうやら過呼吸みたいだって言われて、救護室へ行くように促された。


そんな騒ぎを、近くにいた伊吹達が気付かない筈もなくて。



「どうしたんだよ?」



聞き間違える筈のない、脳髄に沁みる低目の声。


苦しさを耐えて、顔を上げてその声の持ち主を確認した私は。


縋るように、彼を見つめて腕を伸ばし、その首にしがみ付いた。


周りで小さく上がる悲鳴とか、



「妃奈、大胆……」



ため息混じりの楓の声とか、


頭の何処かで聞こえていたんだと思うけど、それが何を意味するか考える余裕はなかった。


ただ、ふわりふわりと宙に浮く感覚が気持ち良くて。


それは多分、子供の頃にはしゃいだ雪のベッドの上で冷たいと言う感覚より先に感じた柔らかさに、とてもよく似ていた。

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