130. 秘密

  ハヤッタは部屋に戻り、昔を思い返していた。

 私はあの時、家に進入して来た追手に捕まり刀傷を負い、屋根裏に隠れていたダニエルとベロニカのふたりも捕まった。

 私は縛られてJ国へ輸送されることになったのだが、J国に行って国王にこの顔を、この目の色を見せてはならないと思った。いざという時にはこの目を潰して、死のうと覚悟を決めていた。しかし、到着の少し手前で、なんとかチャンスを見つけて逃げだすことができた。


 力尽きて倒れていたところを親切な村の人に助けられ、三、四ヵ月ほどして怪我もどうにか治り、ようやく、生きて霧山に辿り着くことができた。

 私は赤ん坊をひとりで育てる覚悟を決めていたのだが、そこには伯父と子供達の姿がなかった。

 私はそこで伯父からの連絡を待ちながら、角膜眼鏡という義眼を作ることに熱中した。

 この目の色を変えれば、リマナマリにも会いに行けるし、子供を捜すことができると考えたのだ。

  六ヵ月後に角膜眼鏡は完成し、それをつけると、私の瞳は黒色になった。


 その角膜眼鏡は今、取り外して、小皿の上に置いてある。

 その角膜眼鏡のことは誰も知らない。いや、ハニカ先生だけは気がついていたけれど、その秘密を守ってくれた。


 角膜眼鏡ができた後も、シカンド伯父からの連絡は一向になく、私は伯父が子供を連れて、はるか遠い異国の地に逃れて行ったものと信じた。

 

 私はリマナマリのことが心配で、J国に行って、宮廷に仕事を求めた。そばにいられさえすれば、どんな仕事でもよかった。やがて私が国王の補佐の仕事をするようになったこと、シカンド伯父が都から近いアカイ村に住んでいたことなどは、想像さえしなかった。


 宮廷の廊下で、リマナマリと再会した時のことを忘れはしない。

 私を見かけた時、彼女はつんのめるようにして近づいてきて、私の黒い瞳を見て驚き、

「リクイは無事?」

 と尋ねた。

 

 私が頷くと、彼女はその両目を閉じて、こぼれる涙を手で隠し、「どこに?」と息もしないで私を見上げた。私はわからないと首を振った。

「必ず、見つけるから」

「お願い。早くね。早く見つけて。お願い」


それからは数回しかすれ違う機会はなかったのだが、私は遠くからでも、彼女の姿を見られた日はうれしかった。

 ある日、リマナマリから花のついた小皿が届けられ、その花をベニハナツメクサだと思い、それを「友情」の印だと思った。私達の愛は友情に変わったのだと思っていた。先日、ハ二カ医師から、「センニチコウ」だと聞かされるまでは。


 

 黒目王子は六歳で夭折し、時をほぼ同じくしてリマナマリもこの世を去ってしまった。

 私はこの人生に、何の意味があるのだろうとそればかり思った。私はキリスト信者なので、自殺はできないが、落莫とした日々は、もう死んだようなものだった。


 私はただ仕事に没頭し、しだいに国王の信頼を得て、多くの仕事を任されるようになった。私は昇格など少しも願ってはいなかったが、高い給料をいただけたのはありがたかった。そのお金で、人を外国に送り、伯父とリクイの行方を探させることができたのだから。


 その頃には角膜眼鏡を目に入れ続けることに苦痛を感じていたが、眼病のせいだと思われた国王が、宮廷で黒眼鏡をかける許可を下さった。

 私は国王に対する償いとして、心からお仕えしようと、私欲は捨てて懸命に働こうと誓い、そう努めてきたつもりだ。ただがむしゃらに働き、命つきる日を待とう、それだけを考えていた。


 リクイの行方は一向にわからず、偽情報しか得られなかったが、そんな日々の中、偶然に、ニニンドという国王の甥を見つけた。彼はこれまで出会ったことのない種類の人間で、不思議な魅力に満ちており、可能性のかたまりだった。こういう生き方もあるのだと目が覚める思いがした。

 

 そしてその縁で、ついにリクイに会うことができた。

 緑の目のリクイは、私の息子だ。


 あんなに捜しても見つからなかったのに、リクイは向こうからやって来た。生きてさえいれば、奇跡は起きる。 私は罪深い人間だけれど、神からは見放されてはいなかったようだ。

 リクイに会えた時は有頂天外の喜びで、あまりに興奮して、階段から足を滑らせてしまったくらいだ。長い間痛かったが、その痛みさえもうれしいことだった。


 リクイをニニンドの学友に薦めたのは、リクイが自分の息子だとわかったからではない。ニニンドもそう願ったし、リクイがニニンドにとって、最適な人物だと確信したからだ。しかし、リクイに学びの機会を与えることができたことは、それは心からよかったと思った。


 そしてミカエル、いや、ジェットくん。

 私に頼まれてリクイを山の家まで運び、その後もずっと彼を支え、育ててくれた。それだけではない。サディナーレを助け、国の危機を知らせてくれた。世の中には、名前は知られていなくても、これほどの男の中の男がいるのだ。あの深い谷に落ちたのだから、生きているとは思えない。彼とは地上では会えないけれど、もし次の世界で再会することがあったら、私はどんなことでもして差し上げたい。心からありがとう、ジェットくん。


 リクイは医者になるために、西国に行ってしまったが、私が生きていれば、いつかは会えるはずだ。

 私はリクイに会って、今度こそはっきりと言いたい。きみのことを思わなかった日は一日もなかったということを。

 そして、きみの母親もそうだったのだと。

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