十三章
102. 鳩の伝言
「サララさんは殿下のお気持ちを知っておられるのですか」
「いいえ。口も聞いてくれませんから」
「それは確かめてみる必要がありますね。向こうにその気がなければ始まりませんから。おふたりがその気持ちでしたら、私はできる限り、お力添えをいたします」
「ありがとうございます。でも、望みは薄いです。サララはとても頭が切れるので、こんな問題ばかりの私を、好いてくれるはずがありませんから」
ハヤッタが少し腰をあげた時、「滑りますから、気をつけてください」とニニンドが手を添えた。
「こんな場所でなんですが、ハヤッタ様に、一つお訊きしたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「ハヤッタ様が大切に思っていらっしゃる女性とは、どんなお方だったのですか」
「そうですね。彼女は活発で、おもしろくて、……正直に申せば……我儘、それは自分勝手すぎるじゃないかと思わない時がないわけではありません」
「それは、意外でした」
ニニンドが何度か瞬きをした。
「ハヤッタ様の性格から考えて、とても 静かで、しとやかで、奥ゆかしい女性かと思っていました」
「そもそも、私は殿下が思っておられるような人間ではないのですよ」
ニニンドは、自分も、たぶんハヤッタが思っているような人間ではないだろうと思う。人の本当の姿とはなんだろうか。本当の姿なんて、そういうものは、あるのだろうか。どれもが本当で、どれもが虚なのか、誰にもわからない。
ニニンドはその夜、遅くまで屋根の上にいたが、わかったのは、このままではいけないということだった。
それで、次の朝、意を決して、サララのもとに、伝書鳩を飛ばした。
そして、急いで仕事を片付けた後、旋風を飛ばして、昼前にアカイ村に向かった。
夕日がオレンジ色の光を出し放ち始めた頃、瓦礫の道の向こうから、砂ぼこりをあげながら、ラクダがすごい勢いで 走ってきた。
あれは、カリカリ。
サララが、カリカリを走らせてきたのだった。鳩が運んだ「会いたい」という伝言を受け取って、会いにきてくれたようだ。
夜旭町から帰ってからずっと無視され続けているので、サララはまだ怒っているのかもしれない。サララがどういう反応をするのだろうか。
罵倒されてしまうかもしれないが、とにかく会いに来てくれたんだと思うと、心臓が小太鼓のような音を立て始めた。
何度もサララに会いに行こうとして、その度にどんな思いでその気持ちを押し戻していたことか。でも、今日は会いに来られたから、また殴られたとしても、ここまで来られたから、それでいいことにしようと思った。
ニニンドが旋風を下りていつもの歩き方で、ゆっくりと近づいていった。
しかし、サララはカリカリに座ったままで、下りてはこなかった。
「何のために、あんなに苦労してラクダの乗り方を習ったのか、今、わかった」
とニニンドが口を開いた。
会えたら言おうと考えていた言葉はいくつもあったのに、別の言葉が出てしまった。
ニニンドが、サララがラクダから降りるのを助けようと手を差し出すと、彼女はその手を払った。
「まだ怒っているのかい」
「怒ってない」
そう言いながら、サララはそっぽを向いた。そして、くっと振り向いた。
「よく聞きな。わたしはどんな時でも、人の手は借りない。降りたい時には自分で降りる。乗りたい時には、自分で乗る」
「わかった」
サララはカリカリから飛び降りたが、足が砕けて、砂地に落下して尻餅をついたので、ニニンドが助け起こそうとした。
「話を聞いていたのかい。だから、何でもひとでできるって言ってるじゃないか」
「ひとりでできることは知っている。何でも、ひとりでやればいい。でも、私にだけは、私がいる時だけは、助けさせてほしいんだ」
「どうして。あんたにだけに、そんなことをさせなくっちゃならないのさ」
「特別に思っているからだよ。だから、サララにも、特別に思ってほしい。私はサララを助けたいんだよ。助けてもほしい」
「そんなこと、これまで、何回、言ったんだ」
「誰にも、言ってはいない」
ニニンドの目から涙が流れていたけれど、サララはそれに気づいていないことにした。
「わかった。わたしは、起き上がりたい」
とサララが手を伸ばした。
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