九章
77. 大雨の後
人間が季節に合わせて働いているからなのか、
その日の午前、突然、雷が鳴り響き、激しい雨が降った。この土地の人々は、大地を叩きつけるような雨には慣れていないので、何か不吉な前兆なのかとおののいたが、午後になるとけろりと収まった。一時は通りに水があふれて池のようになったが、それも、あっという間に引いて、人々が普通に動きだした。黒かった空は怒りを吐き出したようにすっきりとし、やがてピンク色に変わった。
ニニンドとリクイは屋根の上にいた。
雨でぬれた屋根は濡れていて滑りやすいのだが、ニニンドは一日の終わりに、世間がどうなっているのか眺めないと落ち着かないし、こんな日は特にそうだ。
「町は大丈夫なようだ」
宮廷で働く人々が家のことを心配しながら足早に帰っていく。門前には、いつものように物売り、物乞い、見物人などが集まり始めていた。
リクイはアカイ村にも雨が降ったのだろうかと考え、ニニンドはサララはどうしているだろうか。鳩は到着しただろうかと思っていた。
「雨の最中に、スマンの声が、聞こえたかい」
とリクイが訊いた。
スマンは大雨の日には、天を揺るがすほどの声を出して鳴くのだ。
「雨の中、すごい音が聞こえたけど、何かと思っていた。あれはスマンの声だったのか。ロバって、あんな大きな声を出すんだね」
「そうだよ」
「鳩小屋に行ってみたら、小屋がずいぶんと大きくなっていて、驚いた。ぼくの村の家より大きい」
「駐屯地への連絡にも使えるから」
「鳩は何羽いるの?」
「五十羽くらいかな」
「ニニンドはやることが大きい」
リクイは、ニニンドがサララのところに鳩をよく飛ばしているのを知っている。そして、最近は、詩ばかり書いている。でも、見せようとはしない。
リクイは将来のことを、ニニンドはサララのことを話すつもりではいたものの、まだそのきっかけが訪れてはいなかった。
「何だろう。ほら、門のところ」
とニニンドが首を伸ばした。正門を二頭立ての緑の馬車が出ていくところだった。
それは、マグナカリ王弟殿下が私用で使う馬車だった。
その馬車の前に男女が飛び出してきて、何か訴えているようだった。
先頭にいたブルフログが馬から降りてきて、馬車の扉を開けると、王弟が下りてきた。彼は家来に抱えられるようにして門の中に引き返した。男がそれを追おうとすると、ブルフログが肩を捕まえて馬車の中に無理矢理にいれようとして、もみ合いになった。
「兄さん?」
リクイが急に立ち上がり、足を滑らせそうになったところをニニンドがしかっと支えた。
「ジェット兄さん?」
「どうして、お兄さんがここに。もっと近くに行ってみよう」
ニニンドがリクイを支えながら、屋根を正門に向かって進んだ。リクイは気持ちが焦ってしまって、足が前に進まない。
ブルフログが若者に殴りかかり、彼を馬車に押し込んだのが見えた。
「ジェット兄さんだ。兄さーん」
リクイが棒立ちになった。
「あぶない」
そばにいた鶯色の服を着た女性も馬車に乗せられたかと思うと、ブルフログが馬に飛び乗り走り出し、馬車がそれに従った。
「リクイはゆっくりと下りてきて」
ニニンドはそう言うと、屋根から一回転して地面に飛び降りて、庭を駆け抜け抜け、宮殿の廊下も走って、ハヤッタの執務室に来た。
「大変です。リクイのお兄さんらしい人が誘われました」
「ジェットが、どこで、誰に」
とハヤッタが立ち上がった。ニニンドの様子から、何か異常事態が起きたことが察せられた。
「正門の前で、王弟殿下の馬車に無理矢理押し込まれて、連れ去られました」
「王弟殿下はどこに」
「馬車を先導していったのはブルフログで、叔父は宮殿に戻られたと思います」
「ブルフログが。なぜだ」
ハヤッタは部下に馬の用意をするように告げて、足を引きずりながら、王弟の宮殿に急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます