76. なかなかよい人

「だから、わたしは賃金をもらったら、さっさと荷物をまとめる。運よく、帰る方角に行く仕事があればいいけど、ない時には、バザールに行って、カリカリが運べるだけの品物を買って、早く村に帰ることにしている」

「そうなんだ。そういう苦労は知らなかった」

「でも、好きなことをやっているんだから、苦労じゃない。いろんな土地を見られて、楽しいし。ニニは人のことばかり心配する人生で、幸せだったの?」

「いつも幸せのことを訊くよね」

「前も訊いた?どうしてかな」

「幸せを探しているんじゃないのかい」

「今も、幸せなんだけどね」

「サララの質問にはちゃんと答えたいけど、そういうことは考えたことがないんだ」

「幸せになりたいと思わない?朝起きた時、生きているって感じたくない?」

「うん、そんな朝、いいね」


「ねっ。どうしてわたしを誘ったの?近くにきれいな姉ちゃんが、たくさんいるのに」

「サララはきれいだよ」

「それはない」

「一番きれいだって」

「もっとやさしくてきれいな姉ちゃんが近くにざくざくいるじゃん」

「サララはやさしいよ」

「態度は悪いし」

「それはある、かな」

「言葉も悪いし」

「あるね。ところで、女官を姉ちゃんというのをやめてほしい」

「うん、わかった」

 

  サララが素直にわかったと言ったので、ニニンドは驚いてうんうんと頷きながら、しばらく足元を見ていたが、顔を戻して、サララの顔をじっと見た。

「サララって、おもしろいな」

「おもしろいことにかけては、ニニのほうがずっと上」

「私がおもしろい?どこが」

「ワルに見えて、ワルじゃないとこかな」

「へー。悪く見えたんだ」

「うん。最初はすごくいやな奴だった。わたしのおもしろいところはどこ」


「どこだろ。だとえば、きれいな花だって、見ていてつまらない花もあれば、いつまでも見飽きない花があるだろ」

「つまらない花なんか、ある?」

「あるよ。サララは飽きない花。いつまでも話していたい」

「飽きないって、どういうこと?わたし、人間だからね、それ、ちょっと抵抗がある言葉だ。うれしくない」

「ごめん。そういうつもりではなかった」


「女の子はそう言われると、喜ぶと思っている?それ、何回、言ったの?」

「百三回くらいかな」

「半端な数字」

「本当は、一度も言ったことないよ」

「ばっかじゃないの。ニニはお上品で、言葉のきれいな人が好きなんでしょ」

「そんこと、言ってないだろ」

「わたし、ちゃんとした言葉が遣えないというわけじゃないの。職業柄、使いたくないから、使っていないだけで」

「そうなの?」

「そうよ。わたし、ちゃんと喋ろうと思えばできる。でも、やってないだけ」

「そう思ってはいても、やってみるとできないことがあるよ」

「なぜわかるの」

「経験が多いからね」

「その経験の話をして」

「いやだ。ここに来て、思い出したくないことは、全部忘れた。だから、思い出さないし、話すこともない」


「うん、わかる」

 今度も予想に反した反応がきた。

「わかるの?絶対に何か言われると思ったのに」

「わたし、わかります」

 急に言葉がよくなった。


「ほんと」

「決まっています。ニニに嘘は言いません。だから、ニニも嘘はつかないで」

「わかった。了解」

 と言ってから、罰が悪そうな顔をした。


「ひとつ、嘘をついていた。言ったら、また怒るだろうな」

「怒るかもしれないけど、言わないと、もっと怒ります」

「両親が『恋人の日』で知り合ったと言ってしまったけれど、あれは本当ではないんだ。父はもともと宮廷に出入りしていた詩人だった。花冠の話も作った」

「どうして、そんな話を作ったの?」

「そうでも言わないと、サララが一緒に来てくれないだろ」

「それはそうだけど」

 サララは一緒に出かけたくなかったわけではなかった。本当はその逆。でも、もしふたりで出かけたら幻滅されて、それがラストになるかもしれないと恐れていたのだ。


「国王がね、私の肖像画を描かせて、国中に配りたい意向なんだ。もう外国の有名な画家を招聘しょうかんしているとナガノが言っていた。顔が知られてしまったら、もう自由ではなくなるだろう。その前に、サララと出かけたいとずっと思っていた。思い出に、サララに花冠を取ってあげたいと思った」

 サララがちょっと言葉に詰まった。

「ニニ、誘ってくれてよかったです。ありがとう」

「今日はつきあってくれて、ありがとう。楽しかった」


「つまり、その……」

 サララは言うか言わないか迷っていた。

 ん?

 ニニンドの瞳が見つけていた。

 そう、言わないで、後悔はしたくない。

「わたし達、ふたりで出かけるのは、これが最初で最後というわけなの?」


 ニニンドが驚きすぎて、腰に手をあてて天を仰いだ。

「……それって、私が王太子になって、自由でなくなっても、付き合ってくれるということかい」

「王太子とかに、なる気?」

「そういう運命なのかもしれないと思っている」


「わたしは人の目などを気にするタイプではないです。そちらのことは知らないけど」

「サララは人からいろいろ言われても、いやでないのかい」

「いやではないです。平気。人は蚊やチョウと思えばいいのだもの」

「学ぶのが早いね。じゃ、また一緒に出かけよう。何回も出かけよう」

「わたしはニニをアカイ村に連れていきたい。近くの町には、母や妹がいるし」

「そこへ行ってみたい」

 サララの声は高かったけれど、ニニンドは割と落ち着いた感じで言った。

 

 ニニンドが気持ちを隠そうとしても、その目が輝いていたから、サララには彼がどんなに喜んでいるかが感じられた。ニニって、なかなか、いやすごくいい人じゃん。花冠をもらうより、うれしい。サララが今日一番の笑顔を見せた。


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