71. アカイ村の家
リクイは粘土を重ねて作ったアカイ村の家に着くと、ハヤッタに井戸とナツメヤシの木、鳩小屋、鳩の糞を利用して作った畑を案内した。
「ここが、リクイくんが育った家なのか」
ハヤッタは感慨深そうに言ったが、少し足を引きずっていた。
「足をどうかなさいましたか」
「いや」
とハヤッタが苦笑いをした。
「階段を踏み外して、派手に転んでしまいましてね、私の不注意です」
「ハヤッタ様らしくないです」
「ははは。私がそんなに平静な人間に見えていましたか」
「はい。いつも、冷静沈着で、絶対に間違いをしないお方です」
「それはない。間違いばかりの男です」
お付きの者は家から少し離れた場所に近くにテントを設置し、火を起こし調理を始めたが、ハヤッタはもしできたらリクイが育った家で、リクイが食べていたものを食べてみたいと言った。
「そんなもの、絶対にお口に合わないですよ」
とリクイの目が泳いだ。
「ぜひお願いします」
「うまく作れる自信はないですが、わかりました」
リクイはレンズ豆のスープを作ることにした。レンズ豆は水戻しがいらないので、早くできる。そして外に行って、畑から野菜を採ってきた。
ハヤッタは部屋を見て回って、奥にある爺さまの部屋の本を見てもよいだろうかと訊いたので、リクイがどうぞと答えた。
「箱の中にもありますから、どうぞご自由に見てください」
ハヤッタは本の山の前に座って、熱心に本を覗いていた。
しばらくするとリクイが顔をのぞかせた。
「おもしろい本が見つかりましたか」
「色々とありました。博学な方ですね。お爺さまが書かれたものなどはないのですか」
「爺さまはよく何か書いていましたが、どこにあるのかはわかりません。狭い家ですがものは多いので、まだ調べていません。兄が知っているかと思います」
「お爺さまは、どんなお方だったのでしょうか。知りたいものです」
「ぼくはそんなによくは知らないのです」
「なぜですか」
「子供だったし、……」
「よくしてくれましたか」
「はい」
食事ができあがった時、
「パンがあればよかったのだけれど」
とリクイが言ったので、ハヤッタは家来を呼んで、パンをもってこさせた。
「このパンでよいかな」
「上等すぎます。前は兄が焼いていて、その後は、時々、サララ姉さんが焼いてもってきてくれたんです」
「お兄さんは、何でもできるのですね」
「はい。兄は何でもできます」
ハヤッタはスープを目の前にして、
「これをリクイくんが食べていたのですか」
と衝かれたように口に運んだ。
「もう一杯、いただけますか」
「はい。こんなの、おいしいですか」
「とても美味しい」
「それは、よかったです」
「こんなおいしいスープは初めてだ」
「まさか。でも、野菜が新鮮だったからかもしれません」
「野菜は誰が育てているんだい」
「人を雇っています。ぼくは今、お給料をもらっているから、雇えるんです」
「リクイくんはなかなか器用だね」
「いいや、ぼくに不器用で、何でも、うまくできるほうではありません。畑の管理も、全部、サララ姉さんがやってくれています」
「きみはなんてよい人間なのだろう」
「えっ、ぼくは簡単なスープを作っただけで、何もしていませんけれど」
「しなくても、私にはわかります」
ハヤッタは寝る時刻になっても、外のテントには移らず、こま家でリクイくんと枕を並べて寝たいと言った。
「テントの寝台のほうが、寝やすいのではありませんか」
「こんなことを言うなんて、おかしいと思うかもしれませんが、実は、私にもリクイくんと同じくらいの息子がいたのですよ。ある事情があって別れ、行方知らずになってしまいましたが、もし生きていたら、このような暮らしをしていたのかもしれないと思うと、感情の持っていきようがありません。一晩だけでも、父親というのを体験させていただきたくて」
「そうでしたか。そんなこと、考えてもみませんでした。こんな所でよかったら、ぼくはかまいません」
「リクイくんは父親のことを思うことがありますか」
「ないです」
とリクイが即答したので、ハヤッタが笑った。
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