65. 質問
「あのう」
「ん? なんだい」
「ジェットさんに好きな人がいますか」
ある夜、サディナーレは赤くなりながら、思い切って尋ねてみた。いつかは訊いてみたいと、口の中で繰り返し練習していたのだけれど、ようやく言えた。
「いますよ」
ジェットは小枝を焚火にくべながら、笑顔で振り向いた。
「お名前は」
「サララと言うんだ」
サララという女の子はなんという幸せな星の下に生まれてきたのだろう、とサディナーレは心が縮まるくらい羨ましく思った。そんな幸運な女子が、この世の中には何人いるのだろう。
「どんなにかかわいらしい方なのでしょうね」
「かわいいけど、砂漠の村の娘だからね、サディナーレみたいなお姫さまとは違うよ。外で仕事をしているから、すごく日にやけていて、ラクダに乗るのが、すごくうまい。ラクダレースのチャンピオンなんだ」
「チャンピオンですか」
「女子部のレースではないよ。男子にたったひとり混じって、走るんだ」
「すごいです」
「うん。絶対王者だよ。真似できない」
「やさしいお方なのでしょうね」
「やさしいかな。サララは気が強くて、焼きもち焼きで、言葉が荒っぽい」
サディナーレが想像していた女子とは違ったので、驚いた。
知っている恋物語の主人公とはずいぶんと違う。こわくて、焼きもち焼きで、言葉が荒っぽい女性がどうして好きなのか、サディナーレにはわからない。
「どこがお好きなのですか」
「あいつは」
ジェットは「あいつは」と言ってから、しまったという顔をして、「彼女は」と言い直した。そこの部分も、サディナーレは羨ましかった。
「彼女はやさしいことはやさしいんだけど、自分の思い通りにならないとすぐに怒るんだ。おれは出征する前に、プレゼントを贈って、告白しようと計画していたんです。髪飾りを買おうと村の市場に行ったら、知り合いの女友達と出会っちゃって、隣り町の大きな市場に行くことになったんです。そちらのほうがよいものがあるからね。サララはみんなと町へ行ったことを聞いたらしくかんかんに怒って、約束の場所に来てくれなかった。別れの日だって、見送りにも来てくれなかった。手紙を書いても、返事もくれない」
「ひどい人」
「いや、ひどい人ではないんです。おれの言い方が悪い。おれが女友達と出会って、盛り上がって飲み屋にまで行ったのは本当なんだ。おれはサララの気持ちをもっと考えるべきだったし、手紙は届いていないのだと思う。リクイにも六回も送っているのに、返事がないのだから」
それではジェットがかわいそうすぎるとサディナーレは泣きそうになった。私なら、怒ったりなどしないのに。
「こんな話はもうやめよう」
サディナーレはもっと話を続けたいのに、もう終わってしまった。それは私にしっかりとした考えがないから、考えをまとめることができないからだとサディナーレは朝の夕顔のようにうなだれた。
でも、寝るために横になった時、また明日という日があると思った。そして、ジェットが語ったことを頭の中で
ある夜、サディナーレは焚火から離れた場所に、小さな火を起こして、何かの儀式をしていた。しばらくして焚火のところに戻ってきた時、
「火山の神様に祈っていたのかい」とジェットが訊いた。
彼女が火の神を祀る国の姫だとは知っていたけれど、祈る姿をみるのは初めてだった。
「はい」
彼女は恥ずかしそうに、頬を赤らめた。その肌が白いから、すぐに赤くなる。
「何かを信じられるというのは、すばらしいことだと思う」
「祈ってはいましたが、信じていたかどうか、わかりません」
とサディナーレは正直に答えた。
「火山神様が人々に、そして私に、幸せを運んでくれると信じていました。でも、それはなくて……」
「その幸せって、結婚のことかい」
「はい」
サディナーレはまた顔を赤くした。けれど、ここで話すのをやめようとは思わなかった。
「ジェットさんはサララさんと結婚するのですか」
「わからない。そう願っていたけれど、あちらの気持ちもあるしね、本当に嫌われているのかもしれない。おれには、この先どんな運命が待っているのだろうか」
「サララさんがジェットさんを嫌っているはずがありません」
「サララは普通の奥さんになりたいと思っている人じゃなくて、大きな夢があり、それを叶えることができる人なんだ。おれがもっと大きな男にならないと、結婚してくれないと思う。だから、先のことはわからない」
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