35. 三人の出会い
テントの中で、サララとリクイは三日月の素顔を覗き込んでいた。
ゴール寸前で旋風が転倒し、彼は衣を大鷲のように翻しながら宙を舞い、途中で仮面も吹っ飛んだのだ。
リクイが一番に駆け寄って血だらけの三日月を抱きかかえると、息はしっかしていた。
「大丈夫、生きています。みなさん、お静かに」
リクイがそう言って騒ぎを群衆の
「この顔を見てごらん、役者かもしれない」
とサララが少しかすれた声で言った。
「役者を見たことがあるんですか」
「ない。でも、わたしにわかるさ」
「サララ姉さんには、何でも、わかるんですね」
サララはしきりに三日月の顔に触れてみろと言った。
「いやだよ、いやだよ」
「すべすべしているから、さわってみろってば」
その時、ふたりの会話を聞いていた三日月の頬の上を、乾いたナメクジみたいなものが這ったので、彼はびくっとして、目を開けた。
それが、六つの瞳が出会った瞬間だった。
女子はサララ、子供はリクイ、気を失っていた三日月はニニンドである。
ニニンドの顔の正面に、四つの目、黒いふたつと緑のふたつの瞳が見えた時、彼は死んで別世界に来たのかと思うくらいおびえた。
こいつは人間なのか。
リクイの瞳はエメラルドのような美しい緑色だったからで、こいつは人間なのか。ニニンドは十七年間生きてきたけれど、こんな瞳の人間を見たことがなかった。
「痛い」
ニニンドが起き上がろうとしたら、身体中の骨も欠陥もずたずたになっているような痛さが走り、身体中から汗が出た。
まずい。
「折れているのか」
と彼がつぶやいた。
もし骨折でもしていたら、大変なことになる。国に逃げ帰れなくなったら、あの十六人の爺さん婆さんはどうなるのだ。
「骨は折れてはいませんよ。大丈夫です」
リクイがはっきりと答えた。
「擦り傷と打ち身と切り傷だ」
とサララががらがらと笑った。
ニニンドはむかっとした。傷を負っている人間に向かって、この女子が豪快に笑ったからだ。こいつには同情心というものがないのか。だから、彼はせいいっぱい睨みつけた。
「大丈夫ですよ。軟膏を塗りましたから」
と少年のほうが言った。
「きみたち、だれ?何をしているんだ?」
ニニンドの瞳が左右にせわしく動いた。
「なんだ、その言い方は。あんたがラクダから落ちて気を失ったから、助けてやったんじゃないか」
「ありえない。この私が気を失うなんて、ありえない」
ニニンドが唇の端を上げて冷笑した、
「ありえないとがんばっても、ありえたんだから仕方ない。感じが悪いやつだ」
サララも負けずにふふんと笑った。
ニニンドが立ち上がろうとしたら、めまいがして、テントの白い天井が揺れた。
頭を抑えていると、ゴールを目前にした激走中に、旋風が急につまずいたから、ニニンドは前につんのめって投げ出され、瓦礫の地面に落ちたのだった。落ちながら、これはひどいことになったと思ったこと、目の裏に銀色の星が見えたのを思い出した。
「旋風、いや、私のラクダは?」
「大丈夫だ、生きているから」
「生きているって、また走れる状態なのか」
「そんなこと、走ってみないとわからないさ」
「ラクダの
それまで話すのはほぼ女子のほうばかりだったが、少年が長いセンテンスをしゃべり、細い矢尻を見せた。
「随分と手の込んだ作りだ。こんなのは見たことがない。役所に届けて調べてもらおう。あんたはいったい、誰なんだ?人に恨まれることでもしたのかい」
「私が人に恨まれるはずがないじゃないか」
なんて生意気な女だ、とニニンドが憤慨した。
「あんたの態度を見ていると、人から恨まれていることがよくわかる」
「すみません」
姉さん、その言い方はよくないよ、とリクイがその袖を引っ張った。
「ぼくはリクイと言います」
「私の名前はニニンド、自由という意味です」
「わたしはサララ、意味なんか、知るか」
「では、あのチャンピオンのサララさんですか」
「そうだ。知ってたか」
「今年も勝ったんですか」
「もちろん」
「私が勝つはずだったのに」
とニニンドが悔しそうな顔をした。
「楽勝だった」
サララが豪快に笑ったので、リクイがまたサララの袖を引っ張った。今年は危なかっただろう。
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