36. 毒舌
「もう一度、競争しませんか」
とニニンドが言った。
馬鹿か。ラクダからあんなに派手に落ちて全身怪我をしているというのに、絶対王者に向かって競争しませんかなんてよく言えるものだ、とサララは呆れた。
しかし、この男はおもしろい奴かもしれない。
実はサララは普通が嫌いで、馬鹿なことする人間が好きなのだ。
「あんたはどこで、どのくらい走っていたんだ?」
「町で、四ヵ月の練習だったけれど、今度は勝ってみせる」
「ふん。おまえは馬鹿だな」
サララがふんと笑った。
「四ヵ月の練習で、ですか。すごいなぁ。ぼくには四年以上乗っているけど、うまくないです。あんなに速く走れません」
リクイの緑色の目が大きくなった。
「私は人より、身体能力が高いのでね。レースのコツがわかったから、次は勝てるだろう」
「まあ、勝手にわかって、勝手に走ればいいさ。わたしは、あんたと競争なんか、いやだね」
「負けるのがこわいのか」
負けたやつが何を言うか、とサララが一笑に付した。
どこまで生意気なやつなんだ、とニニンドが憤慨して身体を動かしたら、そこら中が痛かった。
ニニンドは背中に生温かいものを感じて、毛布の下から手を回してみると、茶色の油状の物質が指にべっとりとついた。
「これは、なに?」
「
ニニンドが臀部に手をやると、そこにも粘性の軟膏が塗ってあった。
「八種類の薬草を乾燥させて焙煎したもので、婦人病、便秘、更年期にもよく効くそうです」
「私は女ではない」
とニニンドが睨んだ。
「そんなこと、わかっている」
とサララが吹き出した。
ニニンドが目で責めると、
「治療をしたのはこの子で、わたしはおまえの汚い尻なんか見てもいないし、触っていないから、安心しな」
とサララが肩をすくめた。
「手当をしたのはぼくです。お尻に、古傷がたくさんありましたよ」
とリクイが言ったので、ニニンドの顔がみるみる赤くなった。
「顔に軟膏を塗ったのはわたし。残念だが、顔の傷は残るだろうな」
「顔に傷……・・・」
「額に二カ所、左頬におおきいのがひとつ、それがけっこう深くてさ」
えっ、なんだって。
ニニンドが大慌てで顔を触った。
「こんなに傷が残っては、美男がおじゃんだね」
「顔が台無しになったら、仕事に支障がでる」
とニニンドが呟いた。踊りというより、この顔を目当てに来る客が多いことを彼は知っている。
やっぱりこの人は役者だったとリクイが思った。
「リキタ、鏡を貸してやったら」
サララから言われて手鏡を渡すと、ニニンドはそこに映る自分の顔を横からも下からも眺めて、
「ひどいことになってる」
と落ち込んだ。
それを見てサララがまたがははと笑ったから、ニニンドがムカついた。
「人の不幸を見て、よく笑えるもんだな。きみはどんな神経をしているんだ」
「顔にひとつやふたつの傷ができたところで、そんなに嘆くことか」
「きみにはわからない」
「役者だか何だか知らないけど、これからは美男役ではなくて、悪役とか、山賊の役をやればいいんじゃないかい」
ニニンドがぎょっとした顔をした。
「あんたは自信も自意識も
「慰めているつもりか」
「慰めてはいない。ただ先輩としては、注意をしてあげているつもり。あんたは世間の常識というものを知らないみたいだから」
「どっちが」
「あんたが」
「どこが」
「あんたは
「よく言う。そんなことは誰にも言われたことがない」
「問題はそこにあるのさ」
サララがパチンと指を鳴らした。
「あんたはたぶん小さい時から甘やかされてそだった。大人達に美しいとか、才能があるとかおだてられて、そう信じこんじゃっているんじゃないのかい。ははは、図星だろ。そんなに美しくも賢くもないのに、大人のおべんちゃらを
ニニンドはいらいらしながら返す言葉を捜していたが、サララの言葉の鉄砲には撃ち返す隙間がない。なんて失礼な女子なのだ。
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