四章
23. 王の喜び
「ニニンドは元気であったか」
「お元気でございました」
この二ヵ月というもの、グレトタリム王とハヤッタの間では、この会話が何度繰り返されたことか。国王はこの会話をするたびに元気を増し、そうかそうかと微笑むのだった。 彼は甥がこの世に誕生していて、生きているということがうれしくてたまらないのだ。
グレトタリム王はハヤッタから報告を受けた時、ニニンドという不可思議な甥が、とにかく元気で生きていれさえすれば難しいことは言わない。Y国に帰って芸人を続けてもいいし、自由にすればよいと語った。以前ならこういう考えは出なかったはずだが、長男の突然の死があまりに衝撃だったので、今は「元気ならば何でもよい」のだった。
しかし、国王は胸の奥で、ニニンドこそがあとを継ぐ人間だという吉兆の輝きを感じていた。ハヤッタは頭から、ニニンドは国王には向いてはいない、本人もそう望んでいないと鉄よりも強く確信していたが、国王にしかわからない直観というものがあるのだとグレトタリムは思っている。 そのニニンドはいよいよあと二週間で到着するのだ。
そして、ここにもうひとり、ニニンドこそが王にふさわしい人間だと信じている人物がいた。
目の治療のために帰ってきたナガノだった。
ナガノは十八年ぶりにJ国に帰り、目の手術をしてもらい症状は劇的に回復していた。しかし、そのことは誰にも告げてはいない。
ナガノは最初の一ヵ月は何も見えない世界に暮らしていたが、音は拾えるから、噂は確実にはいってきた。その数多の情報を整理してみると、ニニンドは今のところ、一番の王位継承者なのだ。王には弟がいるが、彼が王位を継げる身体でないことは、ナガノは知っている。ナガノは昔、クリオリネ姫に仕えていたのだし、友人も多く、噂話にも長けていたから、宮廷のことはよく知っている。
ハヤッタはY国まで出かけて行って、ニニンドを探しあて、話をすることができた。だから、ニニンドという青年は自由が一番大事と考えているし、戦争は嫌いなことを知っている。彼は宮廷で暮らせる人間ではない。
ハヤッタは個人的にはこの青年がとても好きなのだが、彼はもと山賊、今は人気芸人という稀有な経歴の持ち主で、彼がこの国を継ぐのにふさわしいお方ではないと思っている。
ニニンドのことや跡継ぎ資格のことについては、王宮では国王と王弟、ハヤッタの三人しか知ってはいない。彼について話をする時には慎重に慎重を期して、背後に滝が装置された特別な部屋で行われ、流れ落ちる水音で誰かが聞き耳を立てても聞こえないようになっている。王弟は頭脳明晰だけれど、生まれながらにして身体が弱く、喉の病気により声が出なく、彼が他人に漏らすことはない。
しかし、秘密というものは、どのようにして漏れていくのだろうか。人々の間ではすでにいろいろな噂が流れている。耳にはいってくる噂は言わば小川のせせらぎ程度なのだが、ナガノにはせせらぎの音をしっかりと捉えていた。彼女にはぜひとも知りたいという希求と、そこから本流を想像する才能があった。
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