7. すぱっと諦めることも肝心

 リクイの顔が曇って、灰色になったように見えた。影のせいだろうかとサララが目を細めた。

「兄さんは学校に行くようにと、お金をくれたんです。ぼくが働かなくても学校に行けるように、兵隊になるために国からもらったお金を全部おいていってくれたんです。それなのに」

 リクイは言葉に詰まり、唇を噛んで、拳で目をぬぐった。肩が震えている。

「もしかして、そのお金、落とした? なくした?」

 サララには大体のことが想像できた。


 ジェットが去ったあの金曜日の長すぎる夕方、リクイは村の市場に行ってみることにした。兄からもらったお金をどこに隠そうかとさんざん迷った挙句、どこに隠しても危険に思えて、腹に巻いて出かけたのだった。市場にはいったばかりのところで、男がぶつかってきて、尻もちをついた。起き上がって、腹に手を当ててみると、財布がもうなかった。


「お金、盗られたんだ。スリの仕業よ。あんたったら、どうして、そのことを早く言わないの」

 サララはリクイの背中を撫でた。

「わかるよ、それは言えない。言えないよね。怖くて言えないよね」

 リクイはサララにはどうしてそんなことがわかるのだろうと涙目で見上げた。


「でもね。がんばって、言わなくっちゃだめ。ひとりでこらえていたら、だめ。自分を救えるのは自分だけなんだよ。口をひらかないと、人にあんたの問題がわからないだろ」

 

 サララはリクイの頭をぽんと叩いた。

「まっ、すんだことだ。あきらめることも肝心さ。どんなに悔しくても、そのお金はもどってはこないからさ」

 サララはリクイの髪の毛をくちゃくちゃにした。


「さぁ、がんばって、すぱっと忘れて、目の前のことをがんばる」

 サララは指をバチンと鳴らした。

「生きていると、どんなにいやでも、あきらめなきゃならないことはたくさんあるよ。あきらめな。それっきゃない。そうだろ」

 はい、とリクイがすすり上げた。


「本当に、リキタの瞳はなんて美しいんだろう。あんたが泣いたから、きらきら光っている。遠い国にはエメラルドという宝石があるということだけど、それって、こういう色なんだろうか」

「ぼくの目はそんなに、美しいんですか」

「そうだよ、自信を持ちな。こんな宝をもっているんだから、そんな悲しい顔しない。リキタの人生はこれからなんだからさ。可能性はこの空のように無限大だよ」


「ぼくに可能性なんか、あるのでしょうか。ぼくには、できるものがない」

「なに言ってんの。あんたはばかかい。できることなんか、山ほどある。お金をためて学校に行って、教師になるのもいいし、医者にだってなれる」

「でも、なりたい人がみんな、なりたいものになれるわけではないし」

「始める前から、弱気かい。あんたの頭ならなれる。母さんの住んでいる町に、ハニカという名医者さんがいてね、外国で勉強してきた偉い医者なんだけど、若いころは、貧乏だったみたいだ」

「どこの国ですか」

「名前は知らないけど、ずいぶんと遠い外国のようだ」


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