2 同情しただけなのに

 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと九十三〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



「馬鹿が……」

 お師匠様が額に手をあて、頭を左右に振った。


 あ?


 あれ?


 オレ、今、この子に萌えちゃったの?


 仲間にしちゃった?


 同情しただけなのに!



 オレは再び目隠し勇者になった。


『これ以上、事故で、仲間を増やすなよ』と、お師匠様には釘を刺された。


「あ〜あ、勇者らしくなったって感心したのに、損したな」

 サラが、刺々しい口調で言う。

「女の子だから助けたのね」


「ちがう! 男と思ってたよ!」

「へー そうぉ? でも、萌えて仲間にしたのよね?」

「萌えたけど、萌えたわけじゃないッ!」


 意味不明。だけど、本当に、そうなんだ。

 気の毒だと思った。

 相手に心を傾けた。

 それだけだ。

 愛とか恋とか、そういう感情はなかったんだ。


 ジョゼに手をひかれたオレは、占いの館のイザベルさんの占い部屋に連れて行かれた。みんなも、スリの子供も一緒だ。


「いらっしゃぁ〜い、勇者さま、賢者さま、お仲間のみなさま。あら、リーズ、あなたも一緒なの?」


 リーズ?


 ここにはオレらしか居ないんで、目隠しは取っていい事になった。


 テーブルのとこに、イザベルさんが座っている。

 スリの子供が、顔を布でゴシゴシと拭いていた。

 子供の背後にはアナベラ。逃がさない為かな?


「強い大きな星に惹かれちゃったわけね。うふふ。勇者さまの側のかわいらしい星……一つは、あなただったのね」


「イザベルさん、この子と知りあいなんですか?」


「ええ。この子のお父さんは、ちょっとした有名人なの。私の顧客の一人よ」

 お父さん……?

 両親は病死したんじゃ……?

 ああ、それはオレの想像だっけ。


「ったく、わけわかんねえ」


 子供がテーブルに布と化粧落としの瓶を置く。イザベルさんに借りたモノのようだ。

 あれ? やつれた感じがなくなった。

 細いことは細い。けど、肌は日焼けしてるし、顔はイキイキしてる。健康そうだ。


「この男についていかなきゃいけない気がする。逃げようって気にもならねえ。どーいう事?」


 子供の質問に、イザベルさんが笑みで答える。

「あなたは、運命の星に出会ったのよ。その巨大な星と共に戦うのが、あなたの宿命……」

「うさんくさいお告げはいらねえ。真実だけ教えてくれ」


「リーズ、あなたは勇者さまの仲間になったの。魔王戦が終わるまで、あなたに自由はない。勇者さまの為に働かなければいけなくなったのよ」


 リーズと呼ばれた少女が、眉をしかめ、オレをジロリと睨む。


「あんたが勇者なわけ?」

「ああ、勇者ジャンだ」

 

「オレを何日、拘束する気?」

「魔王戦は九十五日後だ。その日に、一緒に戦ってもらう」


「九十五日後ね……今日も含めると九十六日もオレを拘束するわけだ」

 リーズがニッと笑う。何つうか……ふてぶてしい表情だ。


「オレ、一流なんだ。高いぜ?」

「へ?」


「そうだな……日当は一万にまけてやる。その代り食事と宿代はあんた持ち。仕事の分け前は、七三でどう?」


「七三?」


「お宝の分配だよ。あんた七でオレ様が三。冒険途中で宝箱との出会いもあるだろ?」


 リーズが胸元に手をあてた。


「大盗賊ギデオンの跡取り娘を抱えるんだぜ? それ相応のモノ、払ってもらわなきゃな」


 大盗賊ギデオンの跡取り娘……?


「その子が優秀なのは本当よ」

 うふふとイザベルさんが笑う。


「お父さんのギデオンに仕込まれたから、錠前破りはお手のものだし、スリの腕もなかなか。ダガーで戦っても強いわ。軽業師みたいに身軽だから、お貴族様の御屋敷にも難なく忍びこめる。若いけど、超一流の盗賊よ」


「完全に犯罪者じゃないですか!」と、叫んだのはセリアだった。

「警備兵につきだすべきだったんです!」


 リーズは、そんなセリアをフンと鼻で笑った。

「もう遅いよ。オレ達仲間だろ、メガネのおねーちゃん。お貴族さまなんだっけ? オレが牢屋に入ったら、勇者様が困るぜ。九十五日後に戦力が減っちゃうもん」


 セリアが唇を噛みしめて黙る。

 黙る代わりにオレを睨む。

『見た目に騙されて、犯罪者を仲間にして! 本当にあなたは馬鹿ですね!』と、その目は主張していた。

 しょうがないじゃん、萌えちゃったんだから……


「盗賊は、仲間にいれば心強いジョブだ」

 と、お師匠様。

「その素早さを生かして情報を集めてもらってもよいし、勇者や仲間達の装備を探す旅に出てもらってもいい。盗賊がいれば我々の旅は楽になるだろう」


「お。わかってんじゃん、おねーちゃん」

 リーズは明るく笑って、お師匠様の背中をバンバン叩いた。


 う。


 さすがに……

 周囲の空気が凍る。


 おまえ、賢者様にその態度は……


 オレはごくりと唾を飲み込んだ。


 お師匠様はいつもと同じ無表情で、リーズを見つめる。


「だが、おまえやイザベルが言うほど、優秀なのか疑問ではある。おまえはアナベラに捕まったしな」


「捕まったのは、生まれて初めてだよ!」

 リーズが声を荒げ、背後を指さす。そこにはアナベラがいる。


「あのバカ女、バカだけど、ハンパなくすごいよ! 刹那のスリ技を見切って、神速のオレ様を捕まえたんだから!」


「もー おねえさんに、バカバカうるさいぞ、きみー」

 アナベラにぎゅっとされ、リーズは悲鳴をあげた。リーズは小柄だから、アナベラのぷるんぷるんの胸がリーズの頭の上に……あぁぁ……


「けなしてない! ほめたんだよ! あんた、超一流の戦士だって!」


「え? そうなの?」

 アナベラがパッと手を離す。嬉しそうに、えへへと笑って。


「きみ、口わるいけど、いい子だねー」


 つかまれてた体をさすりながら、リーズは不審なまなざしをアナベラに向ける。


「あんたさ……何で、そんなカッコーしてんの? 勇者にむりやり着させられてるわけ?」

 いやいやいやいや! 断じて、違う! オレのせいじゃない!


「ちがうよー 有名になりたいからだよー」

 アナベラが、ニコーと笑う。

「ビキニアーマーのおかげで、勇者仲間になれたんだー えへへ。イザベルさんの言うとーりにしてよかったー」


「な、わけねーだろ!」

「そんなわけないでしょ!」

 二つの声がハモる。


「あんた、この占い女にだまされてるんだよ!」

「あなた、この占い師に騙されているんです!」


 ほぼ同時に叫んだ二人は、顔を見合わせ、フンと反対方向を向いた、

 仲が悪いな、リーズとセリア。

 気は合ってるけど。


 そんなわけで、オレはリーズを雇わなきゃいけなくなった。

 報酬は魔王討伐後って言ったら、『駄目。あんた、魔王戦で死ぬかもしれない。とりはぐれるのはヤだから、その前にちょうだい』って言われた。

 ちくしょー。

 おばあ様に頼むってジョゼが言ってくれたけど、断った。あのバアさんに払ってもらうのは筋違いだ。


 で、これから、リーズも連れて、イザベルさんの案内で仲間候補の二人に会いに行く。


 魔王が目覚めるのは、九十五日後だ。

 今日の分も含めた日当分が九十六万ゴールドか……

 どーしよう。



* * * * *



『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き


●女性プロフィール(№007)


名前 リーズ

所属世界   勇者世界

種族     人間

職業     盗賊

特徴     ボーイッシュ。明るくて生意気。

       男言葉。一人称は『オレ』。

       大盗賊ギデオンの跡取り娘。

       スリも錠前破りも泥棒も一流だそうだ。

       捕まった事はなかったのに、

       アナベラに捕まった。

戦闘方法   ダガー

年齢     十四

容姿     ライトブラウンのショートヘアー

       ヘーゼルの瞳(緑がかった茶色・淡褐色)

       小柄で細いけど、日焼けしてて健康そう。

口癖    『バカだろ!』

      『あんた、だまされてるんだよ!』

好きなもの  お金

嫌いなもの  警備兵

勇者に一言 『オレ、一流なんだ。高いぜ』

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