盗賊王のボーイッシュ娘【リーズ】

1 移動中の一悶着

「あなた方は、騙されているんです」

 馬車の中で、今日もセリアは絶好調だった。


「あの女は言葉巧みにお客の不安をあおり、自分に依存させ、宝石を売りさばく悪徳霊能者です。宝石商とつるんでいるのでしょう」

 セリアは、イザベルさんは詐欺師なのだと言い張っている。


「もう一度言います、あの女の言いなりに仲間を増やすのは反対です。あの女にとって都合がいい、無能者を紹介されかねません」

「イザベルさんはそんな人じゃない!」サラが強い口調で否定する。

「第一、勇者が敗北したらこの世は終わりよ。自分の為にも、最善の人物を紹介してくれるはずだわ」


「あの女が有能と思い込んでいるだけかもしれません。仲間にする人間の技量は、精確に見極めなくては。魔王に『百万ダメージ』以上を与えられる人間のみを仲間に加えるのです。無能者は要りません」

「う」

 そこで、サラは、黙りこむ。

 今のは……サラにはきついよな。今日もオレは目隠ししてるから何も見えないけど、鼻の頭を赤くしてうつむいているんだろう、きっと。


「わかったよ、セリアさん」

 オレは強い口調で言った。

「仲間候補には、みんなが先に会ってくれ。みんなが反対するような人なら、オレは対面しないから」

「それが無難ですね」と、セリア。


「それから、まだ成長しきっていない人を仲間にしたとしても、それは、オレのせいだ。オレに萌えられたら、その人は、即、仲間入り。その人の意志に関わりなく、だ」

「そうですね」

「この先、そんな事があっても、仲間の技量を責めないで、やさしく迎えてやって。その人は、全然、悪くないんだから。馬鹿なオレはいくら責めていいからさ」

「了解しました」と、セリア。


 ん?

 ちょっと汗ばんだ柔らかい手が、膝の上のオレの左手を包み込む。

 隣に座ってるジョゼの右手だ。

 ジョゼの手が、オレの手を軽く握ってくれる。何があってもオレの味方だ、と言うように。


「ありがと……」

 オレの右耳の側で、聞き取れるか聞き取れないかの小さな囁き声がする。

 サラめ。鼻の頭は真っ赤なんだろうな。



 馬車が止まった。

 イザベルさんの占いの館の前に到着したのだろう。


 ジョゼがオレの手を取る。目隠しをしたオレを、外へと連れて行ってくれる。


 昨日、来た時は夜だったけど、今は昼前だ。

 ざわざわと街の音がする。

 物売りの叫び声。女性達の会話。荷馬車の音。

 そんな音がどんどん小さくなってゆく。表通りから横道に入ったようだ。占いの館は狭い通りにあるっぽい。


 しばらく歩くと、オレの体にドンと軽い衝撃が走る。


「ごめんよ〜」

 子供の声?

 子供がぶつかってきたのかな?


「あ! 痛たたたたッ! 何しやがる、このアマ!」


 ん?


 オレのすぐそばで、ジタバタと地面を蹴る音がする。


「離せ! 離しやがれ!」

 子供が叫んでいる。


「だ〜め。返して」

 アナベラの声だ。


「返すぅ? 何をさ?」

「盗みはだめだよー 犯罪だよー」


「ぎゃああああ、やめろ! 返す! 返すから、やめて!」


「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! もう許して、痛いよぉ〜」


 一体、何がどうなってるんだ?

 オレは、ちょっとだけ目隠しをズラした。


 ビキニ戦士のアナベラが、十二才ぐらいの子供を左腕だけで背後から締めつけていた。

 汚れたシャツとズボンの、痩せた子供だ。半泣きになっている。


「おねーちゃん、出すから、手をゆるめて」

「ちょっとだけだよー」


 子供がシャツの胸元から、珊瑚(コーラル)のペンダントと金袋を取り出した。

 どっかで見たような……

 あ。

 オレのじゃん。


「ちぇっ、おマヌケな貴族がいると思ったのに……素っ裸の奴隷のねーちゃんが護衛だなんて、サギくせえ」

「すっぱだかじゃないよー アーマーつけてるよー」

「ンな鎧あるかッ! 貴族に変なカッコーさせられて! あんた、バカだろ!」

「バカ? おねーさんに失礼だぞ、きみー」


 アナベラにギューと締められて、子供がぎゃ〜〜と悲鳴をあげる。


「スリですね!」

 メガネの奥から、蔑みの目でセリアが子供を見下す。

「警備兵につきだしましょう」


 子供の顔色が変わる。


「いや、いいよ」

 子供の服は汚れているし、髪の毛はボサボサ。目ばっかり大きくって、痩せてるし。

「アナベラのおかげで何も盗られなかったんだ。離してやろうよ」


「犯罪者を見逃すんですか?」と、セリアがおっかない顔でオレを睨む。

「犯罪は未然に防がれたんだよ」

「防がれてません! 窃盗は行われました! 盗難品を奪い返しただけです!」

「だけど、実際、被害にはあってないだろ?」

「ここで何の咎めもなく放つのは、単なる偽善です。この子供は、あなたの甘さを嘲笑いながら、別所で犯罪を犯すに決まっています」

「決めつけるのはよくないよ。反省して、もう二度としないかもしれないじゃないか」

 セリアは一瞬、喉をつまらせ、それから声を張り上げた。

「馬鹿ですか、あなたは!」

「ねえ、セリアさん。オレは良いって言ってるんだよ」

「ささいな悪の芽でも見逃せば、巨大な悪を生み出します。いいですか、犯罪者というものは再犯を繰り返しやすく」


「うるさい!」

 オレは声を荒げた。


「盗られたオレが良いって言ってるんだ! しつこいぞ!」

 セリアが目を丸めてオレを見つめる。オレが怒るなど想像もしてなかったって顔だ。


「オレはいいとこの坊ちゃんだったし、お師匠様に引き取られてからだって大事にされてきた! あんただって貴族だ! その日の暮らしに困った事なんか、一度もない! そんなオレらが、この子の将来を奪っていいわけないだろ!」


 セリアが茫然とオレを見つめ、それからうつむいた。


 ジョゼは、オレの言っている事は正しいと言うように頷いてくれた。

 サラはオレににこやかな笑顔を向けていた。が、オレの視線に気づくと鼻の頭を染めてそっぽを向いた。『た、たまには格好いい事、言うなって、ちょ、ちょっと感心しただけだし』とか、もごもご言ってた。

 お師匠様は、いつも通りの無表情。


「オレの物、取り返してくれてありがとう、アナベラ」

「どーいたしましてー」

 ビキニ戦士は、えへへと笑った。


「そいつ、離してやってくれないか?」

「うん、いいよー」

 アナベラは明るい笑顔だ。


「そー言うと思ってたー 勇者さま、女の子にやさしーもん」


 へ?


 女の子……?


 女の子なの……?


 オレは、アナベラにつかまっているスリの子供を、あらためて見つめた。

 ライトブラウンのショートヘアー、痩せて汚れてはいるけれどもかわいらしい顔、大きなヘーゼルの瞳は小鹿のようだ。

 こんなかわいい女の子がスリだなんて。


 きっと……

 両親が病死して……

 ひどいオジさんにひきとられて……

 虐待されて逃げ出して……

 男の子のふりをして、街をさまよい……

 だけど、何処にも居場所がなくって……

 おなかがすいてどーしようもなく……

 それで、スリを……



 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る