2 知的女子の理詰め
「質問してもよろしいでしょうか?」
オレとお師匠様に内密に尋ねたい事があるって言うんで、オレはセリアさんを伴ってお師匠様の部屋に向かった。
「託宣の正確な内容と、魔王戦までの予定、戦闘計画などの情報をいただけませんか?」
へ?
何で?
「情報を分析し、勝率を計算し、場合によっては計画を修正して、我々が魔王に勝利する為です」
メガネのフレームを押し上げながら、スパッとセリアさんが言い切る。
「百一代目勇者のあなたは、『一、百人の異性を仲間とするが、同じジョブは仲間にできない。ニ、自身を含め百一回だけ魔王に攻撃が可能』だと情報を得ています。これに相違ありませんね?」
「ありません」
「では、託宣の内容を、正確に教えてください。一言一句たがわず」
う。
「言わなきゃ……駄目です?」
「駄目です」
きっぱりと、セリアさんが言う。
「神からの託宣には、表面の言葉以外に二重三重の別の意味がこめられている場合があるのです。裏の裏の意味を読み取り、裏の託宣に従わねば、魔王を討伐できない恐れがあります」
「しかし、オレの託宣は、裏の裏なんて、ありえなくて……」
セリアさんがキッ! と、オレを睨む。
「素人判断はやめてください」
う。
「素人判断が、どれほど危険かという事をお教えしましょう。三十二代目勇者の時代のことです、学者が仲間にいなかった為に……」
ちょ。
「更には、六十九代目勇者の時代、学者どころか仲間すらいなかった為に、賢者様と勇者様は愚かしくも……」
まって。
「そもそもが初代勇者様からしてですね、託宣の内容を正確に理解していれば、もっと簡単に魔王を倒せたはずで……」
あああああ……
ごめんなさい……
話します……
話しますから、もう勘弁してください……
「《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》ですか……なるほど」
両腕を組んだセリアさんが、ジーッとオレを見る。
その眼差しで見つめられると、ゾクゾクする……
責められてる?
オレ、知的美人に責められてるのか?
うぅぅぅぅ。
ごめんなさい。
仲間にする|=(イコール)伴侶にする、です。
内緒で、オレはあなたを伴侶にしました。
許してください。
ああああ、この容赦ない眼差し、いいなあ……
癖になりそう……
「たしかに、裏はなさそうな内容ですね。しばらく修辞法の面から検討してみますが」
あれ? 怒ってないの? 内緒で、オレの嫁扱いされてるのに?
「それは、そうと……現在の仲間は、格闘家、魔術師、僧侶、戦士、そして学者の私ですね。今後、どのような仲間をどの世界から集める予定なのでしょう?」
オレは正直に答えた。
「お師匠様に聞いてくれ」
全部、任せてるもん。
セリアさんは、ちょっぴり眉を曇らせた。
あ……
もしかして、好感度、下げちゃったのか、オレ? マザコンならぬお師匠コンと思われた?
「では、賢者様にお尋ねします。今後、どのような仲間をどの世界から集める予定なのでしょう?」
「この世界で、必須の職業はもうない。今後は、戦闘力を考慮した上で、仲間を増やしてゆく。明日か明後日にはこの世界での仲間探しを終了し、幻想世界に旅立とうと思う」
へー そういう予定だったのか。
「幻想世界……九十六代目勇者であらせられた賢者様が、勇者時代に、おもむかれた世界ですね?」
セリアさんの問いに、お師匠様が頷きを返す。
「あの世界の住人は、魔法的な力に満ちている。強力な仲間となるだろう。美しい外見の者も多いし、な」
と、オレをチラリと見るお師匠様。セリアさんもオレをチラリと見る。
ああ……無表情なお師匠様と、メガネ越しに冷たい眼差しのセリアさん……
ダブル知的美人の視線で、いけないものに目覚めてしまいそう……
「できれば、そこで、勇者専用の武器を手に入れたい。魔王戦で使える強力な武器が必要なのだ」
「あなた、武器も持って無いんですか?」
セリアさんが更にナニな目で、オレを見る。
有るよ! 今、腰に差してるだろ!……その辺の武器屋で買える普通の鋼の剣だけど。
お師匠様の館には、昔の勇者が遺した伝説級のお宝の剣がわんさとある。
けど……伝説級のお宝には、ほぼ漏れなく、呪いやら妙な祝福やらがついてくる。
剣が、持ち手を選ぶんだ。
鞘から抜けないのやら、触れただけで雷を落としてくるのやら、柄を握っただけで掌を焼かれるやらで……
お師匠様のコレクションに、オレの剣は無かったのだ。
「私が異世界に運べる人間は、六人だ。仲間全員は伴えない。勇者が異世界を巡る間、この世界に残る者には、魔王戦に備えた準備を進めてもらう」
「賢者様と勇者様と共に異世界へ赴く仲間は四人まで。了解です」
セリアさんが、メガネをかけ直す。
「質問します。異世界で増やした仲間は、どのようにして、この世界へ来てもらうのでしょう? 賢者様が魔法で別途運ばれるのですか?」
「いいや、連れて来ない。異世界の者はもとの世界で暮らしていてもらう。この世界を訪れるのは、魔王戦当日のみ。召喚魔法で、勇者に『仲間』を呼び出してもらうのだ」
ほー、そーなのか、これも知らなかった。
「幻想世界の後は、精霊界の予定だ」
「妥当な線ですね」
「その後は未定だ。歴代の『勇者の書』に記された異世界の、いずれかに行く」
「わかりました、そういう事でしたら」
セリアさんが、にっこりと微笑む。
「私もご助力いたします」
ん?
「百人の勇者様のご活躍は全て暗記しております。どんな世界の出身か、どのような世界で修行を積まれたのかも、存じております。強力な仲間が得られそうな世界は何処か、一緒に検討し、最善の選択をいたしましょう」
「頼もしいな、期待している」
無表情だが、やさしい声のお師匠様に対し、
「知識をもってご協力いたします」
と、セリアさんは頬を染め、うっとりとした声で答える。
もしかして、そーゆう趣味?
女がいいの?
かと思ったのだが……
「百一代目勇者様、お願いがございます」
「はい?」
セリアさんは、オレに対しては冷たい視線を向けてくる。
「もう少し、ご自分の頭で思考し自ら行動を決める素地を培ってください。あなたは、伝統ある勇者様の百一代目なのですよ」
「はい……」
「勇者というのは、強く、賢く、正義感に満ち、道徳的で、悪を憎んで人を憎まない、美しくも頼もしい、この世を救う英雄です! そうでなくてはいけません! それ以外は、この私が認めません!」
はぁ……
セリアさんの目とメガネが、キラリンと光る。
「二十四代目勇者様は末っ子のせいか独立心に欠ける方でしたが、当時の学者の教育で、最後にはたいへん紳士的な好男子になられました。五十一代目勇者様はたいへん常識に欠ける異世界人でしたが、当時の学者の教育で、最後には礼儀正しい好男子となられました」
セリアさんが、拳をぐっと握り締める。
「勇者たる者、それ相応の好人物でなければいけません。魔王戦までに、あなたが好男子となれるようご助力いたしましょう。なにしろ、あなたは勇者なのですから!」
わかったぞ……
この女(ヒト)、勇者萌えの、勇者おたくだ……
お師匠様に頬を染めたのは、九十六代目勇者だったからか……
「聞いていらっしゃいます、勇者様? 異世界から来られた七代目勇者様も、学者の教育で宮廷作法を身につけ、更に……」
わかった……
わかったから、もう勘弁して……
誰か、この女(ヒト)を黙らせて……
早めの夕食の時間まで、オレはセリアにつかまっていた。
黙ってれば知的なメガネっ娘なのに……黙ってれば、だけど……
魔王が目覚めるのは、九十六日後だ。
今夜は、これから女占い師さんに会いに行く……ふぅ。
* * * * *
『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き
●女性プロフィール(№005)
名前 セリア
所属世界 勇者世界
種族 人間
職業 学者
特徴 必ず先手をとれる先制攻撃の法を会得済み
しゃべり始めたら止まらない。
黙ってれば、美人なんだけど……
知的なメガネっ娘・歴女・勇者おたく。
うんちくを傾けるのが、大好き。
戦闘方法 古代技法。
開幕に「先制攻撃の法」を唱えてもらう。
年齢 『年齢? 十三代目勇者様の時代に、
女性の年齢を問題視した為にですね……』
容姿 赤みがかったライトブラウンのひっつめ髪。
目はブラウン。
胸元スカーフのアカデミックドレス+
角帽+メガネ
口癖 『××代目勇者様の時代……』
『質問します』『お教えしましょう』
好きなもの 勇者
嫌いなもの 好男子じゃない勇者
勇者に一言 『あなたが好男子となれるよう
ご助力いたしましょう』
イラスト↓
https://kakuyomu.jp/users/matsumiya_hoshi/news/16818093086227405127
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