童顔の聖女、マリー

1 サラの憂鬱

 サラは、落ち込んでいた。

 今朝、宿泊先のオランジュ伯爵家に、シャルロットちゃんから贈り物が届いたからだ。


 魔術師の黒のローブと、杖頭に拳ぐらいありそうなデッカいダイヤがくっついた魔術師の杖。どっちも超高級そうな魔術師装備だ。

『勇者と共に戦う友人に、敬意を表して』と、カードが添えられていた。


「受け取っておけ。杖はもちろん、ローブも魔法装備だ。魔術師が念をこめて織りあげた魔法絹布だ。杖にもローブにも魔力増幅効果がある。未熟なのだから、装備ぐらい立派にしておけ」

 と、ズバッと言ってお師匠様は、落ち込んだサラを床にめりこませていた。


『残り九十九日で、おまえを魔術師にしてやろう』と宣言し、お師匠様はサラへの特訓を開始している。

 賢者は、勇者の教育係ってジョブ。賢者になった途端、あらゆるジョブの指導者になれる知識が神様より与えられるんだ。魔術師の教師としても、お師匠様は一流なわけだ。

 昨日、サラは、初等部二年課程の教科書全部に目を通しておけと命じられていた。毎日、無茶な課題が課されていくんだろう。


「かっこいいじゃん、サラ」

 黒のローブをまとって立派な杖を持ったサラに、オレは声をかけた。

「どっからどう見ても、一人前の魔術師だよな〜♪」

 プププと笑ったオレは、『ファイア』すら使えん女に殴り飛ばされた。


「今日は聖教会へ行く」

 お師匠様が、オレを手招きする。

 近付いたら、目隠しをされた。


「これから外出時には必ず、目隠しをつけてもらう。私が良いと言うまで外すなよ」

「なんで、こんな……」

「いつ、どこで、誰に出会うかわからんからな」

 お師匠様は抑揚の無い声でそう言って、溜息をついた。

「今日は、最初に、私の推薦人物に会ってもらう。その者に萌えられなかったら、仕方がない、尼僧の中から適当に選べ」


 あ、そう。

 サラの事が教訓になったわけか。

 本命に会う前に役たたずに萌えられてはかなわん、と。そういう理由で目隠しなんですね、お師匠様。


 そいや、昨日、お師匠様、女伯爵のバアさんにお願いしてたんだよな。

『我々の接待係を、全て、男性にしていただけますか? 可能でしたら、勇者の可視範囲に女性を接近させないようお願いします』って。


 何か……

 ちょっとおもしろくないぞ。


 ジョゼとサラも連れ、お師匠様の移動魔法で、聖教会の教会堂へと跳んだ。

 サラは居残りでお勉強かと思ったんだが、お師匠様いわく『勇者と行動を共にすることが強化につながる』んだそうで、オレの冒険にはできるだけついて行くよう、サラに命じていた。

 仲間探しは、冒険なのか。



 聖教会の教会堂を借りて、オレは修道尼達と対面する。聖修道院に、男性は入れないからだ。

 

 修行中の尼僧は、俗人との交わりを禁じられている。

 一人前にならなきゃ、外で布教も奉仕活動もできない。

 外に出られる修道尼は、ごく一部なんだ。

 んでもって、たいていが、オバさん、おバアさん。

 街で見かける尼僧に、若い奴はいない。


 教会堂に集められた尼僧は年配者だけだろう、とオレは覚悟していた。


 だが、しかし……


 奇跡は起こったのだ。


 目隠しを解いたオレの前には……

 清らかな乙女が居た。


 黒の頭巾に、尼僧のドレス。

 禁欲的な僧衣に包まれた体は小柄で……

 その顔は若々しく、いや、幼く見えてしまうほどあどけない……

 おっとりとした眉も、形のいい鼻も、やさしい微笑をたたえた唇も頬も愛らしい。

 澄み切った青い瞳が、まっすぐにオレを見つめ、嬉しそうに笑みを形づくる。


「お会いできたことを 神様に、感謝します〜 マリーと、申します〜」

 スローテンポの、かわいらしい声だった。



 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。

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