第10話

「7秒間、逸らすことなく見つめ合えた2人は、必ず恋に堕ちるって話」


「え、」


零れ落ちた言葉を、小さく笑いながら拾い上げた比呂は「忘れたのかよ」と呆れた口調で呟いた。


忘れてない。


忘れるわけない。


「7秒で恋に落ちる……か。ほら、初めて寧々が俺に告白してくれた時、俺びっくりしてさ。ガン見してたよ寧々のこと」


あれは7秒どころじゃなかっただろ、と笑う比呂。


「信じられなくてさ、こーんな可愛いコが、研究室に篭りきりの、愛想もくそもないつまらない男の事が好きだって言うんだ。ドッキリかよってマジで不信感バリバリ。けどさ、違うんだって……寧々の告白は本気なんだって聞かされて……」


独り言みたいに淡々と語る比呂に、私は今まで生きてきた中で一番美しくない顔で比呂をガン見してしまう。


ゆ、夢なのかな?


ううん、もしやドッキリ?


いや、この流れからの別れ話とかだったら軽く死ねるよ、私。


「あー、俺すごく動揺してんな。こんな、1人で喋って……かっこ悪」


私の手を離して、コーヒーカップに手を伸ばした比呂は、仰ぐようにコーヒーを飲み干した。


形の良い喉仏が上下するのを見ながら、かつて感じたことのない色香にドキリとする。


「比呂は、変わったね」


「え、そうかな?今日はめっさ気合い入れて支度したからな。まぁなんたって一生に一度の特別な決心でここに来てるからな、俺は」


一生に一度の特別な決心?


大袈裟だなって笑いが漏れた。


だって、比呂にもこれから先出会いと別れは沢山訪れるに違いない。


別れを告げるたびに一生に一度だからなんて緊張してたら身がもたないだろうに。


未だどこか卑屈な自分に情けなくなるけれど、決定的な言葉をもらうまでは、多分、諦めることはできないんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る